最新記事
演劇

ミュージカルは「なぜいきなり歌うのか?」...問いの答えは、意外にもシンプルだった

2025年1月9日(木)17時08分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
ミュージカル版『美女と野獣』で歌を披露する女優

buteo-shutterstock

<ときに悪意を含んで尋ねられるこの問いの答えは、およそ100年前に生まれ、2500年にわたる西洋演劇の歴史を覆した「あるシステム」にある>

ミュージカル好きもミュージカル嫌いも、必ずといっていいほど行き当たる「ミュージカルはなぜいきなり歌うのか。」という問い。

オペラや音楽劇の研究を行っている長屋晃一氏は、この問いに答えることは「じつのところむずかしくはない」という。

長屋氏がミュージカルというジャンルを成り立たせる「型」に着目し、その仕組みを解き明かすミュージカルの解剖学(春秋社)より一部を抜粋して紹介する(本記事は第1回)。

◇ ◇ ◇

「ミュージカルはなぜいきなり歌うのか。」

ミュージカルにかんする本のほとんどが、この問いからはじまる。

それは、ミュージカルといえば歌とダンスだ、という印象がなによりも強いことをあらわしている。同時に、ミュージカルを受けいれられない人が、かならずといってよいほど口にする問いでもある。

この問いを純粋な好奇心で相手にたずねる人はどのくらいいるのだろうか。むしろ、この問いには、ちょっとした悪意が含まれているのではないか。それは、ミュージカルという言葉を口にするだけで目を輝かせている連中を困らせてやろうという意図だ。

ミュージカルの熱烈なファンは、この問いにむっとした顔をするか、こんなすばらしいものを理解できないとは、なんてかわいそうなのだ、といわんばかりに、あわれみの表情を浮かべてこう答える。

「だってミュージカルなんだから。」

悪意をこめてこの問いをぶつける人は、ミュージカルにどうしてもなじめないタイプだ。そうしてミュージカルに距離をおきたくなる心情、それはミュージカルのあの「きらめき」に目をあけていられない(いたくない)人の心理である。たとえば、次のような――


ぼくはミュージカルにはひどい偏見をもっている。紅茶を入れながら急にエプロンお嬢さんが歌い出すとか、掃除人夫たちが急に足並みを揃えてこちらを向いて帽子を飛ばして歌い出すというのが、子供のころにおかしくて、それ以来のタブーになっている。(松岡2005)


引用した松岡正剛の言葉は、ミュージカルが苦手だと告白する人の心情を簡潔に代弁している。おそらくこのミュージカルは《メリー・ポピンズ》だろう。舞台か、それともミュージカル映画のほうかはわからない。

"Step In Time" from MARY POPPINS on Broadway - Disney on Broadway


いずれにせよ、松岡にはそれが子供ながらに幼稚に思え、いい大人たちが物語そっちのけで急に歌ったり踊ったりすることに、いたたまれないむずがゆさを覚えたのだろう。それはわからないでもない。

スコッチウイスキー
日本酒カスクでフィニッシュした、ウイスキーの枠を超える「シーバスリーガル 匠リザーブ 12年」とは?
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏量刑言い渡し延期可否、最高裁が判断へ 不

ワールド

トランプ氏、不仲のペンス氏と握手 カーター氏国葬で

ワールド

米大使館、グリーンランドでの軍事プレゼンス強化を否

ビジネス

24年の米企業採用、9年ぶり低水準 人員削減はコロ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国の宇宙軍拡
特集:中国の宇宙軍拡
2025年1月14日号(1/ 7発売)

軍事・民間で宇宙覇権を狙う習近平政権。その静かな第一歩が南米チリから始まった

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分からなくなったペットの姿にネット爆笑【2024年の衝撃記事 5選】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」
  • 3
    装甲車がロシア兵を轢く決定的瞬間...戦場での衝撃映像に「弾薬が尽きていた」とウクライナ軍
  • 4
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 5
    仮想通貨が「人類の繁栄と自由のカギ」だというペテ…
  • 6
    「ポケモンGO」は中国のスパイ? CIAの道具?...大人…
  • 7
    トランプさん、グリーンランドは地図ほど大きくない…
  • 8
    いち早く動いたソフトバンク...国内から「富の流出」…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    大河ドラマ『べらぼう』が10倍面白くなる基礎知識! …
  • 1
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵の遺族を待つ運命とは? 手当を受け取るには「秘密保持」が絶対
  • 2
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分からなくなったペットの姿にネット爆笑【2024年の衝撃記事 5選】
  • 3
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流行の懸念
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 6
    仮想通貨が「人類の繁栄と自由のカギ」だというペテ…
  • 7
    ザポリージャ州の「ロシア軍司令部」にHIMARS攻撃...…
  • 8
    装甲車がロシア兵を轢く決定的瞬間...戦場での衝撃映…
  • 9
    「日本製鉄のUSスチール買収は脱炭素に逆行」買収阻…
  • 10
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 7
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 8
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 9
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 10
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中