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江戸時代の「ブランディング」の天才! 破天荒な蔦重の意外と堅実なビジネス感覚

2025年1月6日(月)11時10分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

また、吉原の行事に合わせた発行物も刊行しています。蔦重の最初の出版物とされる遊女評判記『一目千本(ひとめせんぼん)』は遊女の名前と流行の挿し花の図を合わせたものです。遊女の名前は網羅的なものではないため、吉原の行事に合わせて、配布用に作った冊子であったのでしょう。遊女や馴染みの客が出資して作られたものだと思われます。あらかじめ資金調達し、それで制作費用を賄っていたわけで、売れようが売れまいが蔦重の損にはならない。彼の堅実なビジネス感覚がうかがええます。『急戯花之名寄(にわかはなのなよせ)』や『青楼美人合姿鏡(せいろうびじんあわせすがたかがみ)』も同様の経緯で成立したと考えられます。

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その意味では、経営者としての蔦重は、極めて慎重な商売人でした。リスクを避けて、新しい分野に乗り出す際にもきちんと経営基盤を整えた上で行っています。例えば、江戸浄瑠璃の富本節(とみもとぶし)が流行した際に、すぐにその正本(しょうほん)・稽古本の出版を手がけたり、ほかには幼童向けの手習いに使用された教科書である「往来物」を出版したりするなど、確実に売れ続ける事業を行うことで経営の安定を図っているのです。

時代の流れを読む眼

安定的な経営基盤を築く一方で、黄表紙などの最新の流行物を出し、ブランドイメージを構築していく。そうなると、蔦重の周りにはさまざまな取り巻きができ、才能のある人間が寄り集まってきました。なかでも大田南畝の知遇を得たことは蔦重にとって大きかったことでしょう。大田南畝は、当時流行していた江戸狂歌と戯作の中心人物でした。南畝の求心力とそれを遊ばせる蔦重の手腕とが相まって、大きな文芸サークルのようなものが江戸に生まれるのです。そして、そこに集まる才能溢れる人間たちの作品を出版するというお膳立てをする。彼らの文芸的な遊びの最終地点に出版という仕掛けを用意したのが蔦重だったのです。

1783(天明3)年に蔦重は、日本橋通油町(とおりあぶらちょう)に新たな店を出しました。江戸の中心地でさらなる流行を発信していったわけですが、松平定信が老中首座となり、寛政の改革が始まると、倹約政策とともに風紀の取り締まりが行われ、状況が一変します。武士たちに学問が奨励されたことで、狂歌や戯作の武士作家たちは、遊びの世界から手を引いていくのです。見せしめのように、蔦重と組んで戯作を書いた山東京伝が手鎖50日に処され、蔦重も身上半減(財産の半分を没収)にさせられました。

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そもそも江戸の本は、漢学や医学などの学問や和歌・漢詩などの古典に関わる「書物」と、錦絵や草双紙などの戯作である「草紙(そうし)」に分けられます。蔦重が主に出版してきたものは後者の「草紙」であり、こうした商品を扱う本屋を地本草紙問屋(どいや)といいます。反対に前者の「書物」を扱うのが書物問屋です。寛政の改革によって、学問ブームが到来すると、「書物」の需要が高まり、「草紙」は不況のあおりを食いました。そこで蔦重は書物問屋の株を取得し、「書物」の出版に乗り出すなど、再起を図ります。

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蔦重は時代の流れを読み、流行をいち早く察知して自分から仕掛けていく名プロデューサーという一面と、他方では定期刊行物など手堅い事業を堅実に行って、きちんと経営基盤を安定させるという堅実なビジネスパーソンという一面が、うまくバランスが取れた経営者だったと思います。


鈴木俊幸(すずき・としゆき)

1956年、北海道生まれ。中央大学文学部教授。専攻は書籍文化史、近世後期の戯作・狂歌など文芸を主に研究。主な著書に『新版 蔦屋重三郎』『近世読者とそのゆくえ 読書と書籍流通の近世・近代』(いずれも平凡社)、『書籍文化史料論』(勉誠出版)などがある。

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Pen BOOKS 蔦屋重三郎とその時代。
 ペン編集部[編]
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