最新記事
ドラマ

原作に忠実もなぜかキャストは皆「いい年」...ネトフリ版『リプリー』に欠けているものとは?

Tom Ripley, American Icon

2024年5月1日(水)13時31分
サム・アダムス(スレート誌映画担当)

ジョン・フリン演じるディッキーとダコタ・ファニング演じるマージ

トムは裕福なディッキー(フリン)とその恋人マージ(ファニング)に接近する NETFLIX

全編をモノクロで撮るという選択の結果、この物語に秘められた官能性や南国イタリアの明るさが失われてしまったのも残念だ。

99年の映画『リプリー』は、デイモンをはじめとする俳優陣の魅力もあって、実に官能的だった。例えばイタリアのジャズクラブで、ステージに上がったディッキーにトムが加わる場面。たちまち2人の愛が燃え上がり、トムの表情には新しい自分を発見した恍惚感のようなものさえ浮かんでいた。

だが、今回の作品にはそれがない。ディッキーはサックスを吹くが、本気ではない。画家を自称しているが、絵は下手だ。ディッキーの恋人マージも似たようなもので、作家や写真家を目指しているらしいが、作中では才能の片鱗も示されない。

詐欺師がセレブの時代

主人公のトムも、天才詐欺師には見えない。彼の小切手詐欺の手口は、よく見れば誰でもすぐに気付きそうなものだ。人を殺しても捕まらないが、それは被害者が誰にも同情されない人間だったからにすぎない。この作品でまともな手腕を発揮しているのは、逃げるトムを追いつめるイタリアの刑事(マウリツィオ・ロンバルディ)だけだ。

そもそもアメリカ人の想像力において、詐欺師という存在は独特の地位を占めてきた。アメリカンドリームの底にある「その気になれば人は何にでもなれる」という信念を病的なまでに拡張したのが詐欺師であり、読者や観客はその巧みな詐術に感心する一方、「いや、自分はそう簡単にだまされるほどばかではない」と信じて生きていく。

しかし今回のトムには、私たちを感心させるほど巧みな詐術はない。計算ずくで巧妙に見えても、彼のやることはどこか衝動的で乱暴すぎる。同じネットフリックス配信の詐欺師もの(実話ドラマ『令嬢アンナの真実』やドキュメンタリーの『FYRE: 夢に終わった史上最高のパーティー』など)に挟まれていなかったら、誰にも気付いてもらえなかっただろう。

かつての詐欺師は孤独な一匹狼で、ひたすら正体を隠し通すのが常だった。しかし今のアメリカでは稀代の詐欺師は超セレブであり、世の中の腐り切ったシステムを徹底的に利用して金持ちになるスキル故にあがめられている。ネットフリックス版『リプリー』は、そんな時代の申し子かもしれない。

©2024 The Slate Group

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中