最新記事
映画

ハリウッドの「アジア系男性像を刷新する『エブエブ』──こんな「アジア人映画」を待っていた

Asian Men Can Be Everything

2023年3月3日(金)19時00分
クリス・カーナディ(カルチャーライター)
『エブエブ』

税務申告のやり直しを迫られ、夫のウェイモンド(右)に不満を持ち、娘(左)との関係に悩むエブリン(中央)がマルチバースを救う戦いに挑む ©2022 A24 DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

<移民一家の物語を奇想天外な設定で描き出した『エブエブ』がハリウッドのアジア系男性像を刷新>

ジャンルの壁を越え、マルチバース(多元宇宙)を横断する話題の映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』には、何人ものウェイモンド・ワンが登場する。

アルファバースからやって来た力強いアルファ・ウェイモンド、香港の映画監督ウォン・カーウァイの作品から抜け出てきたような色男のウェイモンド、ぼんやりしているが、妻エブリンに尽くす愛すべき夫のウェイモンド──。

監督コンビのダニエルズ(ダニエル・クワンとダニエル・シャイナート)が手掛けた本作の主役は、明らかにミシェル・ヨー扮するエブリンだ。ヨーが完璧に表現するエブリンの感情的・身体的変遷が物語の軸になっている。

だが、カンフーアクションとドタバタ喜劇と哲学的考察に満ちたこの映画で強い印象を残すのは、キー・ホイ・クァンが演じ分ける複数のウェイモンドだ。主役級のアジア系男性としては異色の役柄で、ハリウッドの典型的なアジア人男性像を脱構築するだけでなく、アジア人の描写に必要な進化も体現している。

クァンは1980年代に『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』や『グーニーズ』の子役として有名になったが、その後は俳優業を引退同然だった。本作がこの20年間で2度目の映画出演になる。

クァンは成長するにつれ、アジア系俳優にとって演じる価値のある役が減る一方だと感じるようになった。俳優業から離れたのはそのせいだ。

「アジア人俳優向けの素晴らしい役のオファーが来るかと期待していたが、一度もなかった。本当に落ち込み、失望していた」。アメリカで本作が公開された昨年春、クァンは米誌GQでそう語った。

クァンが子役を卒業した90年代、アジア人男性にとって意味のある役柄は皆無に近かった。ハリウッドの歴史では、それが常態だ。映画の中のアジア系男性と言えば、たいていは数少ない定型のどれか。ジェット・リーのような禁欲的なアクションヒーローか、ジャッキー・チェンのような従順で弱々しいアクションヒーロー、または謎めいた武術の達人の悪役で、そうでなければ忠実な相棒や友人、笑いを誘う役どころが中心だ。

それでも、アメリカではこの10年ほどの間に、アジア系男性が深みのある人物を演じることも増えてきた。ドラマ『マスター・オブ・ゼロ』はアジア人やアジア系アメリカ人の男性を重要な役に起用して称賛を受けた。ただし、こうした例はまだ少数だ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中