人種問題、メンタルヘルス、パワハラ、不倫...映画館の客席で心揺さぶられて大泣きする
Crying at the Movies
ファースはメンデス監督の多才さに賛辞を惜しまない。メンデスは映画『アメリカン・ビューティー』や『1917 命をかけた伝令』で高い評価を得てきた。
「映画監督には実に多くの能力が求められる。文句なしに完璧な監督は編集、ペース設定、テキスト、俳優、照明、カメラ、スタッフ関連など、キリがないほど多くの仕事をこなす必要がある。3つほどできたらかなり優秀なほうだが、サムは全てに抜かりなく目配りしているようだった」
職人気質の映写技師、ノーマンを演じるのは『ハリー・ポッターと秘密の部屋』で屋敷しもべ妖精ドビーの声を担当したトビー・ジョーンズだ。「サムは驚くほど分かりやすく、説得力ある指示を出す」と言う。「それぞれの役者に言うべきことをちゃんと心得ているようだ」
役者が認める監督の技量
心に希望の灯をともす場としての映画館とそこに働く人々を描いたこの映画で、メンデス監督は初めて単独で脚本を書いた。新型コロナウイルスで都市封鎖になった時期に着想を得たという。
「最初は全く違うものを書いていた」と監督は言う。でも「無意識のうち」に「より私的な小品」を志向していたようだ。「私は立て続けに3本、大型娯楽作を世に出した。007シリーズ2本と『1917』は大勢の人物が動き回り、たくさん爆発が起きる。次は爆発なしの映画を撮りたい気分だったんだろう」
ヒラリーの心に希望の灯をともす黒人青年、スティーブンを演じるウォードは配役が決まると、メンデスがスティーブンの人物像を固めるのを手伝った。白人のメンデスは、差別を受ける側の気持ちを勝手に代弁してはいけないと感じていたらしい。
「監督はこの役柄や脚本について、僕の言うことをとても熱心にオープンに聞いてくれた」と、ウォードは言う。
スティーブンの母親役を務めたのはターニャ・ムーディだ。彼女は、メンデスが人種問題を扱うために黒人俳優の協力を得たことは良しとしながらも、当事者でなければ書けないわけではないとクギを刺す。他者の痛みは分かるはずがないと「決め付けたくない」と言うのだ。
「自分と違うジェンダーや人種のことを書いてはいけないなんてルールはない。書けばいい。遠慮することはない」