撮れないものを撮ろうとする欲望、この夏最大の<超難解>スペクタル映画とは?
A Polarizing Movie From Peele
なお本作の冒頭は1998年へのフラッシュバックで、当時の人気テレビドラマのセットが組まれている。
幸せそうな家庭のリビングルームなのだが、明るい色彩の家具や室内は血だらけ。そして子供服を着た血まみれのチンパンジーがカメラに寄ってきて、真っすぐ私たち観客のほうを見つめ、いざ襲い掛かる寸前に、映像は現代のヘイウッド家の牧場に切り替わる。
この衝撃のオープニングの意味は、ざっと20分ほどで明らかになる。実は、この惨劇を生き延びた子役俳優がいて、今は「ジュピター」を名乗り、OJたちの牧場の近くでハリウッド映画をテーマにしたささやかで時代遅れな遊園地を経営しているのだ(演じるのはスティーブン・ユァン)。
そして後半の1時間。ここでは壮大なスケールで、牧場と遊園地を行ったり来たりして派手なバイオレンスとアクションが繰り広げられる。
映画産業への敬意と嫌悪
冷戦時代の初期に公開された『地球の静止する日』の空飛ぶ円盤や、超古典的なヒッチコック映画『北北西に進路を取れ』でケーリー・グラントが平原で襲撃される場面、あるいはスティーブン・スピルバーグ監督の不朽の名作『ジョーズ』やM・ナイト・シャマラン監督のエイリアン映画『サイン』へのオマージュが巧みに織り込まれている。
クエンティン・タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)に似ていなくもないが、ラストはあれほど楽天的ではない。
エムとOJは「見てはいけない」エイリアンを撮影するというプロジェクトに邁進するが、目的はやっつけることではない。あのキングコング映画のように、最後はこの異質な存在(エイリアン)への悲しくも深い共感で終わる。
よくできた映画だが、欲を言えば登場人物をもっと深く掘り下げるべきだった。OJ役のカルーヤは抑制された演技で、文句なしの存在感を放っている。だが妹のエムは薄っぺらだ。キキ・パーマーは若くしてカリスマ的な輝きを放つ女優だから、もっと複雑で深みのある人物をやらせてあげたかった。
アメリカ映画へのオマージュに満ちた作品にしては意外な選択と言えるが、本作の最初には、つまり凶暴なチンパンジーによる惨劇を見せられる前には、碑文めいた文字が映し出される。旧約聖書の怒れる神が、罪深きニネベの町の人々に、おまえたちを見せ物にしてやるぞと告げる不気味な一節だ。
アメリカも貪欲の罪に溺れていると言いたいのだろうが、そのメッセージは明確に伝わらない。『ノープ』は、撮れないものを撮ろうとする欲望を描いた映画。不可能なものへの挑戦だから、初めから勝てないことは分かっている。それでもピール監督はその過程でとんでもない「見せ物」を提供してくれた。
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NOPE
『NOPE/ノープ』
監督/ジョーダン・ピール
主演/ダニエル・カルーヤ、キキ・パーマー
日本公開は8月26日