最新記事

ファッション

ファッションの歴史と研究が変わる、V&A『アフリカファッション』展とは?

Fashion Beyond Paris

2022年8月25日(木)14時15分
ベニータ・オドグウアトキンソン(英国立クリエーティブ・アーツ大学上級講師〔ファッションデザイン〕)
モデル

2019年のラゴス・ファッションウイークに登場したモデルたち STEPHEN TAYO. COURTESY LAGOS FASHION WEEK

<色彩や模様などアフリカ文化の要素が「借用」されることはあっても、アフリカのクリエイターたちを黙殺、あるいは表現の場が奪われてきた。欧米中心主義が見落としてきた歴史に目を向ける出発点として>

170年の歴史を誇るロンドンの名門美術館で画期的な展覧会が幕を開けた。ビクトリア・アンド・アルバート美術館(V&A)が1852年の開館以来初めて、アフリカのファッションに特化した展覧会を開催したのだ。

ファッションとファッションデザインの評価と教育は長い間、欧米中心主義の発想に終始してきた。大きく取り上げられるのは、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ミラノを拠点に活動するデザイナーばかり。欧米以外のデザイナーが脚光を浴びるのは、時折日本人デザイナーが紹介されるときくらいだった。

ファッションの世界は、欧米中心主義の視点を卒業して、もっと多様な創造性の源に敬意を払うべきだろう。今回のV&Aの展覧会『アフリカファッション』は、その第1歩としてうってつけだ(来年4月16日まで開催中)。

これまでずっとアフリカのファッションが軽んじられてきたのは、長年にわたる植民地主義の影響なのかもしれない。欧米には、アフリカの文化と伝統の多くを「素朴」と決め付け、保存したり展示したりするだけの価値がないと切り捨てる発想がなかっただろうか。

敬意や理解を欠いた盗用

220830p56_AFS_02.jpg

ガーナの国章をあしらった生地(1960年撮影) ©VICTORIA AND ALBERT MUSEUM, LONDON

アフリカを植民地にした初期の西洋人がアフリカ人の衣服に「素朴」というレッテルを貼ったことが、アフリカのファッションを軽視する姿勢を助長したことは否定できない。その種の考え方は、アフリカ人を奴隷として売買しやすくするために形づくられた面もあった。当時の植民地主義者たちは、アフリカ人が非文明的だという印象を定着させ、人間扱いしないことを正当化しようとしたのだ。

しかし、ヨーロッパのファッションデザイナーたちは常に、デザインやファッションショーの演出でアフリカ文化の要素を借用、もっと言えば簒奪(さんだつ)してきた。アフリカの伝統や文化を取り入れた欧米のデザイナーが称賛を浴びる一方で、その基になったものをつくり出したアフリカのクリエーターたちは黙殺されたり、表現の場を奪われたままだったりした。

アフリカファッションのテキスタイルや色彩や模様やスタイルを取り入れた欧米のデザインは、アフリカの文化への敬意や理解を欠いている場合が少なくない。アフリカの文化を評価するというより、盗用する結果になってきたのだ。しかし、今回の展覧会はそうした現状を変える転換点になるかもしれない。

220830p56_AFS_03.jpg

テベ・マググの2021年秋冬コレクションより PHOTOGRAPHY: TATENDA CHIDORA. STYLING + SET: CHLOE ANDREA WELGEMOED. MODEL: SIO

アフリカのファッションが持つ素晴らしい発想と創造性と豊かな文化は、もっと高く評価されてしかるべきだ。

カメルーンのデザイナー、イマネ・アイシは、以前こう述べている。「私に言わせれば、パリのオートクチュールのショーで、カメルーンやガーナやナイジェリアの職人が織った布地を使った最新の高級ファッションが披露されていることは、アフリカの職人のノウハウがほかの地域の職人たちに引けを取らないことを示す最良の証拠である」

『アフリカファッション』展は、欧米の美術館やギャラリーが見落としてきた活気あるファッションの歴史を捉えている。アフリカのファッションは、もっぱら文化人類学や民族生態学の展覧会で扱われてきたのだ。

220830p56_AFS_04.jpg

コフィ・アンサーの1997年のコレクションより ©1997 ERIC DON-ARTHUR _ WWW.ERICDONARTHUR.COM _MG_8656-3

政治的なテーマも表現

展覧会の重要なテーマは、アフリカを構成する多様な文化と国に光を当てることにある。取り上げられているデザイナーは、アフリカの20以上の国の45人。ファッション愛好家、ファッション教育者、業界関係者にとっては、有益な情報源になるだろう。

この展覧会では、多くのショートフィルムを通じて、アフリカのファッションが現代的な手法を取り入れつつも伝統を継承していることを知ることができる。伝統的な衣服とデザインの展示からは、アフリカ大陸の中の多様な文化と伝統が見えてくる。

展覧会の冒頭部では、アフリカの国々が独立を果たし始めた時代のファッションに光を当てる。1957年にイギリスからの独立を宣言した際にガーナのクワメ・エンクルマ首相がカラフルな伝統衣装の「ケンテ」をまとっている姿や、南アフリカ初の黒人大統領ネルソン・マンデラがすっかりトレードマークになったカジュアルなシャツを着た姿を見ることができる。

220830p56_AFS_05.jpg

ブルキナファソの写真家が捉えたファッション(1977年撮影) ©SANLÉ SORY/TEZETA. COURTESY DAVID HILL GALLERY

今日のさまざまなデザイナーの作品を紹介するコーナーもある。例えば、ナイジェリアのブランド「オレンジ・カルチャー」や、持続可能性を重んじたテキスタイルをデザインしているデザイナーのシンディソ・クマロは、フェミニズムや性的少数者の権利など、政治的なテーマを作品で扱っている。

V&Aで始まった『アフリカファッション』展は、アフリカ大陸で生まれている創造的な活動に――欧米ではほとんど無視され続けてきた活動に――目を向ける出発点になり得るものだ。

この展覧会の展示の数々を目の当たりにした人は、アフリカのファッションについての知識が広がり、欧米中心主義的な固定観念が揺さぶられるに違いない。

The Conversation

Benita Odogwu-Atkinson, Senior lecturer in fashion design, University for the Creative Arts

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米自動車販売、第1四半期は増加 トランプ関税控えS

ワールド

イスラエル「ガザの食料十分」、国連反論 物資不足で

ビジネス

トランプ氏、TikTok巡る最終案を2日に検討=米

ワールド

ロシアが和平交渉停滞なら制裁へ、米上院超党派議員が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中