金持ち夫と浮気妻の「歪な愛」が暴走する怪作『底知れぬ愛の闇』の中毒性
A Toxic Folie à Deux
問題の男の死体が見つかり、容疑者の名前が挙がると、ビックの告白は悪い冗談だったかに思える。だがその後、夫妻の周囲の男たちが次々に災難に見舞われ、夫妻が抱える心の闇はますますおぞましい色合いを帯び始める。
アフレックとデ・アルマスはこの映画の撮影がきっかけで19年から実生活で付き合い始めた。クランクアップ後、コロナ禍で公開が2年延期されたが、その頃には2人の関係は破局を迎えていた。
ただ、この裏話を知ったところで映画の印象が変わるわけではない。映画の中のビックとメリンダはロマンチックな「化学作用」で引かれ合うカップルとしては描かれていないからだ。
それにしてもなぜ、この夫婦はこんな病的な心理に陥ったのか。映画はそれを一切説明しない。2人とも何らかのトラウマを抱えているのかもしれないが、それを示唆する描写は皆無。そのため観客にとって、彼らは「ただの変な人たち」にすぎない。
ビックの変人ぶりは、夫妻の住む豪邸に湿った温室のような部屋があり、そこで大量のカタツムリを飼っていることからも明らかだ。なぜカタツムリ? 映画はそれも説明しない。妻が浮気にいそしむ間、ビックはカタツムリと過ごし、その中の2匹を近づけて交尾させたりもする。
頭脳明晰を自負しているが、いとも簡単に手玉に取られてしまう男は、『白いドレスの女』をはじめ犯罪映画の定番キャラクターだ。ラインは映画ファンにおなじみのこのキャラクター設定をあえて採用し、アフレックに「冷血な魔性の女に手もなく利用される男」を演じさせた。
魔性の女も背景は描かれず中身が虚ろ
ただ、肝心の魔性の女、つまりメリンダのキャラクター設定が弱すぎる。相手構わずベッドに誘い、これ見よがしに夫を裏切るメリンダ。彼女は夫に、そして世界に何を求めているのか。
デ・アルマスは強烈な磁力を持つ女優だ。柔らかな輝く肌やあどけなさが残る顔立ちは、まさに魔性の女にぴったり。だがその魅力をもってしても、メリンダのうつろな中身は埋められない。
最終的にはエロチック・スリラーと言うよりエロチック・ブラックコメディーと呼ぶにふさわしいこの映画。忘れられない場面が1つあるとしたら、ビックが交尾をさせた2匹のカタツムリのクローズアップだ。絡み合うカタツムリを性愛の底知れぬ闇のメタファーとしてこれほど効果的に使った映画はない。
アフレックとデ・アルマスの関係はあっけなく終わりを迎えたようだが、2人のおかげで映画ファンにはこの奇妙な怪作が残された。
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