最新記事

映画

金持ち夫と浮気妻の「歪な愛」が暴走する怪作『底知れぬ愛の闇』の中毒性

A Toxic Folie à Deux

2022年4月6日(水)18時17分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

問題の男の死体が見つかり、容疑者の名前が挙がると、ビックの告白は悪い冗談だったかに思える。だがその後、夫妻の周囲の男たちが次々に災難に見舞われ、夫妻が抱える心の闇はますますおぞましい色合いを帯び始める。

アフレックとデ・アルマスはこの映画の撮影がきっかけで19年から実生活で付き合い始めた。クランクアップ後、コロナ禍で公開が2年延期されたが、その頃には2人の関係は破局を迎えていた。

ただ、この裏話を知ったところで映画の印象が変わるわけではない。映画の中のビックとメリンダはロマンチックな「化学作用」で引かれ合うカップルとしては描かれていないからだ。

それにしてもなぜ、この夫婦はこんな病的な心理に陥ったのか。映画はそれを一切説明しない。2人とも何らかのトラウマを抱えているのかもしれないが、それを示唆する描写は皆無。そのため観客にとって、彼らは「ただの変な人たち」にすぎない。

ビックの変人ぶりは、夫妻の住む豪邸に湿った温室のような部屋があり、そこで大量のカタツムリを飼っていることからも明らかだ。なぜカタツムリ? 映画はそれも説明しない。妻が浮気にいそしむ間、ビックはカタツムリと過ごし、その中の2匹を近づけて交尾させたりもする。

頭脳明晰を自負しているが、いとも簡単に手玉に取られてしまう男は、『白いドレスの女』をはじめ犯罪映画の定番キャラクターだ。ラインは映画ファンにおなじみのこのキャラクター設定をあえて採用し、アフレックに「冷血な魔性の女に手もなく利用される男」を演じさせた。

魔性の女も背景は描かれず中身が虚ろ

ただ、肝心の魔性の女、つまりメリンダのキャラクター設定が弱すぎる。相手構わずベッドに誘い、これ見よがしに夫を裏切るメリンダ。彼女は夫に、そして世界に何を求めているのか。

デ・アルマスは強烈な磁力を持つ女優だ。柔らかな輝く肌やあどけなさが残る顔立ちは、まさに魔性の女にぴったり。だがその魅力をもってしても、メリンダのうつろな中身は埋められない。

最終的にはエロチック・スリラーと言うよりエロチック・ブラックコメディーと呼ぶにふさわしいこの映画。忘れられない場面が1つあるとしたら、ビックが交尾をさせた2匹のカタツムリのクローズアップだ。絡み合うカタツムリを性愛の底知れぬ闇のメタファーとしてこれほど効果的に使った映画はない。

アフレックとデ・アルマスの関係はあっけなく終わりを迎えたようだが、2人のおかげで映画ファンにはこの奇妙な怪作が残された。

©2022 The Slate Group

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

IT大手決算や雇用統計などに注目=今週の米株式市場

ワールド

バンクーバーで祭りの群衆に車突っ込む、複数の死傷者

ワールド

イラン、米国との核協議継続へ 外相「極めて慎重」

ワールド

プーチン氏、ウクライナと前提条件なしで交渉の用意 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 4
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 5
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 6
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 7
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中