金持ち夫と浮気妻の「歪な愛」が暴走する怪作『底知れぬ愛の闇』の中毒性
A Toxic Folie à Deux
常に無表情なビックと奔放な魔性の女メリンダを結び付けているものは? ©AMAZON STUDIOS
<エイドリアン・ライン監督の20年ぶりの新作は突っ込みどころ満載のエロチック・スリラーだがブラックコメディーだと思えば面白さ100倍>
イギリスの映画監督エイドリアン・ラインは1990年代から00年代初めにかけて、『ナインハーフ』『危険な情事』などサスペンスに満ちた娯楽作を次々にヒットさせたエロチック・スリラーの巨匠だ。
御年81歳。既に引退したと思われていたが、長らく瀕死状態にあったこのジャンルに活を入れるべく20年ぶりに奇妙な新作を世に放った。
その新作『底知れぬ愛の闇』(アマゾンプライム・ビデオで独占配信中)は、パトリシア・ハイスミスの小説『水の墓碑銘』に大幅に手を入れて映画化したもの。この映画をバカバカしいと思いつつも楽しめるか、ただバカバカしいだけと思うかは、このジャンルの新作をどれほど心待ちにしていたかで決まる。私の場合は「待ちに待っていた」だ。
ドメスティック・アクションとも言うべきこのジャンル、つまり男女の体の絡み合いがただのロマンチックな味付けではなく、恐怖を駆り立てる主要因として機能する映画は、ツボにはまれば病みつきになる。たとえ突っ込みどころ満載の作品でも、だ。
ライン監督はそのあたりの事情をよく心得ている。上映時間が2時間近く、途中でだらけもするが、この手の映画のお楽しみを抜かりなく提供してくれる。
老監督は鋭く時代のニーズを嗅ぎ取り、この映画をアップデート版エロチック・スリラーに仕立てた。『危険な情事』では、既婚男性に付きまとうストーカー女に、彼女が鍋でゆでたウサギに負けないほど悲惨な運命が待ち受けていた。だが本作では、監督は主役の狂気じみたカップルをそれほど厳しく裁かない。
次々によその男といちゃつく妻
映画の冒頭からビック(ベン・アフレック)と妻のメリンダ(アナ・デ・アルマス)のゆがんだ絆が明らかになる。その異常性たるや、ペットのウサギを煮る復讐がかわいく思えるほどだ。
若くして財を成し悠々自適の引退生活を送るビックは、ずっと年下でパーティー好きの妻が平然と自分を裏切り、次々にチャラ男と付き合うのを黙って見ている。もしかして彼はマゾ? それともメリンダがサドなのか。何しろ彼女は夫婦共通の友人の眼前でよその男といちゃつき、夫をまぬけな「寝取られ男」に仕立てるような女だ。
夫妻には小学生の娘トリクシーがいる。常軌を逸した両親の元で育ったにしては実によくできた、けなげな子だ。
メリンダは愛人を家に夕食に招いては、娘を寝かしつける役目を夫に任せ、その間に愛人と酒を飲んでイチャイチャ。一方のビックは、メリンダと性的関係を持ったとおぼしき男が行方不明になったのは自分が始末したからだ、などと妻と友人たちにいかにも愉快そうにほのめかす。