最新記事

映画

金持ち夫と浮気妻の「歪な愛」が暴走する怪作『底知れぬ愛の闇』の中毒性

A Toxic Folie à Deux

2022年4月6日(水)18時17分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)
『底知れぬ愛の闇』

常に無表情なビックと奔放な魔性の女メリンダを結び付けているものは? ©AMAZON STUDIOS

<エイドリアン・ライン監督の20年ぶりの新作は突っ込みどころ満載のエロチック・スリラーだがブラックコメディーだと思えば面白さ100倍>

イギリスの映画監督エイドリアン・ラインは1990年代から00年代初めにかけて、『ナインハーフ』『危険な情事』などサスペンスに満ちた娯楽作を次々にヒットさせたエロチック・スリラーの巨匠だ。

御年81歳。既に引退したと思われていたが、長らく瀕死状態にあったこのジャンルに活を入れるべく20年ぶりに奇妙な新作を世に放った。

その新作『底知れぬ愛の闇』(アマゾンプライム・ビデオで独占配信中)は、パトリシア・ハイスミスの小説『水の墓碑銘』に大幅に手を入れて映画化したもの。この映画をバカバカしいと思いつつも楽しめるか、ただバカバカしいだけと思うかは、このジャンルの新作をどれほど心待ちにしていたかで決まる。私の場合は「待ちに待っていた」だ。

ドメスティック・アクションとも言うべきこのジャンル、つまり男女の体の絡み合いがただのロマンチックな味付けではなく、恐怖を駆り立てる主要因として機能する映画は、ツボにはまれば病みつきになる。たとえ突っ込みどころ満載の作品でも、だ。

ライン監督はそのあたりの事情をよく心得ている。上映時間が2時間近く、途中でだらけもするが、この手の映画のお楽しみを抜かりなく提供してくれる。

老監督は鋭く時代のニーズを嗅ぎ取り、この映画をアップデート版エロチック・スリラーに仕立てた。『危険な情事』では、既婚男性に付きまとうストーカー女に、彼女が鍋でゆでたウサギに負けないほど悲惨な運命が待ち受けていた。だが本作では、監督は主役の狂気じみたカップルをそれほど厳しく裁かない。

次々によその男といちゃつく妻

映画の冒頭からビック(ベン・アフレック)と妻のメリンダ(アナ・デ・アルマス)のゆがんだ絆が明らかになる。その異常性たるや、ペットのウサギを煮る復讐がかわいく思えるほどだ。

若くして財を成し悠々自適の引退生活を送るビックは、ずっと年下でパーティー好きの妻が平然と自分を裏切り、次々にチャラ男と付き合うのを黙って見ている。もしかして彼はマゾ? それともメリンダがサドなのか。何しろ彼女は夫婦共通の友人の眼前でよその男といちゃつき、夫をまぬけな「寝取られ男」に仕立てるような女だ。

夫妻には小学生の娘トリクシーがいる。常軌を逸した両親の元で育ったにしては実によくできた、けなげな子だ。

メリンダは愛人を家に夕食に招いては、娘を寝かしつける役目を夫に任せ、その間に愛人と酒を飲んでイチャイチャ。一方のビックは、メリンダと性的関係を持ったとおぼしき男が行方不明になったのは自分が始末したからだ、などと妻と友人たちにいかにも愉快そうにほのめかす。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英インフレ上振れ懸念、利下げ段階的に=ロンバルデリ

ワールド

ルーマニア大統領選、12月に決選投票 反NATO派

ビジネス

伊ウニクレディト、同業BPMに買収提案 「コメルツ

ワールド

比大統領「犯罪計画見過ごせず」、当局が脅迫で副大統
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    「典型的なママ脳だね」 ズボンを穿き忘れたまま外出…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中