カニエ・ウェスト「人に見られたくない」ドキュメンタリーが描く、彼の人間臭さ
All Too Human
ラッパーとして認められたい若きウェストはシカゴからニューヨークに出る COURTESY OF NETFLIX
<ドキュメンタリー『jeen-yuhs:カニエ・ウェスト 3部作』は、精神疾患の痛ましさも含め21世紀の文化を変えたラッパーの実像に迫る傑作>
ラッパーのカニエ・ウェスト(44)は、このドキュメンタリーを人に見せたくないと思っている。
1月にはインスタグラムで、はっきり不満を訴えた。「ネットフリックスで公開される前に、私に最終編集権を与えるべき......自分のイメージを自分で決められるように、今すぐ編集室を明け渡せ」
訴えが聞き入れられなくて、本当によかった。『jeen-yuhs:カニエ・ウェスト 3部作』(以下『ジーニアス』、ネットフリックスで独占配信中)は作り手の思いやりに支えられた感動作であり、さまざまな点で必見なのだから。
監督のクーディ&チケはウェストの出世作となった2003年の「スルー・ザ・ワイヤー」のミュージックビデオや夭折した天才バスケットボール選手をめぐるドキュメンタリー『ベンジー』を、コンビで手掛けてきた。
撮影の大半とナレーションを担当したクラレンス・「クーディ」・シモンズは、カメラを手に20年以上もウェストに密着した。
その成果の『ジーニアス』はウェストがプロデューサーとしてフォクシー・ブラウンやハーレム・ワールドにトラックを提供していた1990年代後半に始まり、アメリカ大統領選に出馬宣言をして世間を騒がせた2020年で終わる。
生々しい映像は『ドント・ルック・バック』や『ギミー・シェルター』など、スターが自分のイメージを厳しくコントロールするようになる以前のリアルな音楽ドキュメンタリーを彷彿とさせる。
胸を打つ母の愛と激励
第1幕と2幕では、ウェストが04年にデビューアルバム『ザ・カレッジ・ドロップアウト』で成功をつかむまでの軌跡をたどる。
その臨場感は『ザ・ビートルズ:Get Back』に近い。『ザ・ビートルズ』が20世紀で最も有名なバンドがゆっくりと解散に向かう様子を捉えたのに対し、『ジーニアス』は21世紀で最も有名なミュージシャンのブレイクまでの長い日々を映し出す。
とりわけ光るのが下積みの記録だ。ウェストには一夜にして成功したイメージが強い。『ザ・カレッジ・ドロップアウト』はリリースされる前から大評判で、世界制覇が運命付けられているかに思えた。
だが01年にJay-Zの傑作『ザ・ブループリント』に参加し一流プロデューサーと認められたウェストも、ラッパーとしては何年も日の目を見なかった。ようやくJay-Zのロッカフェラ・レコードとソロ契約を結んだ後も、主力のラッパーとして売り出してもらおうと必死で戦わなければならなかった。
不遇の日々を過ごすウェストと今は亡き母ドンダとのやりとりは、ひときわ胸を打つ。ドンダは母性と励ましの泉のような女性で、一方のウェストは愛されて育った子供らしく母に全幅の信頼を置いている。親子の瞳に宿る愛と敬意が、見る者を和ませる。