必ず2回見たくなり、2回目に全てが納得できる『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
Tragic but Exhilarating

偏屈で残酷な牧場主フィルを演じるカンバーバッチ KIRSTY GRIFFIN/COURTESY OF NETFLIX
<ジェーン・カンピオン監督の12年ぶりの劇場用映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』。カンバーバッチ主演で、残酷かつ濃厚な人間関係が描かれる>
ニュージーランド生まれの映画監督ジェーン・カンピオンは、今の時代には珍しく文学性の高い作品を撮る。40年近いキャリアを通じて発表した長編8本のうち、最新作の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』を含む4本は小説を下敷きにしているし、2本は作家(母国の有名な女流作家と、夭折の英国詩人)の生涯を描いた伝記ものだ。
しかし、必ずしもせりふを詰め込むタイプではない(最新作でも言葉は少なく、かつ断片的だ)。その代わりストーリーはコンパクトで描写は濃密だから、一編の小説のような映画に仕上がる。
一方で、彼女は製作にたっぷり時間をかける。一本撮り終えたら他の監督に脚本を提供したり、テレビドラマ(直近では独創的なミステリー『トップ・オブ・ザ・レイク 消えた少女』)を手掛けたりして気持ちをリセットする。
だから今度の作品と前作『ブライト・スター いちばん美しい恋の詩』(夭折の詩人ジョン・キーツの切ない恋を描いた秀作)の間には、実に12年ものギャップがある。
ひとつ当てたら続編を次々と繰り出す昨今の風潮にもカンピオンは背を向ける。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(原作は開拓時代の米西部を舞台とするトマス・サベージの1967年の小説)も、前作とは構成も感性も大きく異なる。なにしろ始まりは、切ない恋どころか、幸せそう(に見えて実はしたたかで計算ずく)な結婚だ。
古い屋敷での手に汗握る心理戦
結ばれたのは小さな町の下宿屋で料理人として働く寡婦ローズ(キルステン・ダンスト)と、牧場を営む裕福なジョージ(実生活でもダンストのパートナーのジェシー・プレモンス)。新婚の二人は人里離れた広大な牧場で暮らし始めるが、そこには最高に風変わりな同居人が待っていた。ジョージの兄のフィル・バーバンク(ベネディクト・カンバーバッチ)だ。
この男は弟の連れてきた新妻ローズへの敵意を隠そうともせず、隙さえあれば彼女をいじめ、あの手この手で二人の仲を引き裂こうとする。その意地悪さは天下一品だ。
そこへ、ローズの息子で10代半ばのピーター(コディ・スミット・マクフィー)が加わる。普段は寄宿制の学校にいるが、夏休みに入ったので母の暮らす牧場にやって来た。人付き合いが苦手で傷つきやすいピーターと、ますますサディスティックになっていくフィル。古くて大きな屋敷に閉じ込められた4人の複雑微妙な関係は緊迫の度を高め、今や爆発寸前に......。
こうした手に汗握る心理戦に、方向感覚を失わせるほど広大なアメリカ西部の風景(舞台はモンタナ州という設定だが、実際の撮影はニュージーランドで行われた)、不協和音を多用したジョニー・グリーンウッドの音楽が重なり、一段と不安感をあおる。もしかして、この映画はポール・トーマス・アンダーソン監督の傑作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)に対する女性の視点からの回答なのか。筆者はそんな印象さえ抱いた。