最新記事

インタビュー

「利他学」を立ち上げ、いまの社会や科学技術のあり方を考え直す──伊藤亜紗

2021年12月27日(月)11時00分
今泉愛子 ※Pen Onlineより転載

pen211224_ito3.jpg

そしていま、伊藤は改めて"働くこと"を問い直す。労働生産性など数字だけで評価されがちなことに疑問を抱いているのだ。

「人は数字のためだけに働いているわけではないんです。働くことで社会の一員として認められ、充実感や自己肯定感も得られます。たとえば駅員は利用者が困った際に手助けをしても、売り上げにはつながりませんが、大切な業務のひとつです。人をケアすることも大切だという感覚が広がっていけば、経済活動全体の意味も変わってきます」

そこで伊藤が提案するのが、締め切りや納期で人をしばらないことだ。

「たとえば、雑誌をつくるなら発売日を決めない。次の発売は少し間が空きますが、ページ数は3倍にします、ということがあってもいい。小説家は締め切りを決めずに書く人も多くて、出版社も『待望の新作』と売り出します。そういうビジネスモデルがもっといろいろなところで成立してもいい」

ファッション界でも新しい取り組みが始まっている。

「知り合いのデザイナー、幾田桃子さんはパリコレから逆算して納期を決めていたのをやめ、つくりたい時につくることにしたそうです。すると職人さんとの関係も変わり、互いに意見を交わして刺激し合いながら制作できるようになってきたというのです」

伊藤のこうした物事への興味の抱き方も、まさに利他と言えるのではないだろうか。

「正直なところ、読者を意識するよりもいつも自分の興味があることをただひたすら追いかけているだけなんです」

美学者の伊藤に最近、美を意識した出来事について訊いた。

「アメリカ滞在中に、英語で会話をしていて、すごくどもってしまったことがあったんです」

吃音をもつ伊藤は、英語を話す際にその傾向が出やすいという。

「けれどもその時、相手は"It's a beautiful thing."と言いました。こういう場合に"beautiful"という言葉を使うんです」

伊藤は今後も既存の価値にとらわれない言葉をすくい取るだろう。多くの人にクリエイティブな思考を与えながら。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中