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韓国ドラマ

『イカゲーム』の悪夢が世界をここまで虜にする理由

ENJOYING THE GAME

2021年11月9日(火)18時45分
キム・ギョンヒョン(脚本家、カリフォルニア大学アーバイン校教授)

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ALBUM/AFLO

貧しいことや人の命を奪ってしまう点などギフンと共通点があるのが、アカデミー作品賞を受賞した韓国映画『パラサイト 半地下の家族』の父親キム・ギテク(ソン・ガンホ)だ。違いは、ギテクにはほぼ大人で頭の切れる息子や娘がいて、家族の生活を経済的に支えてもらえるということだ。

だがギフンは子供を当てにはできない。娘はまだ小学生で、母と新しい父(どちらもギフンを嫌っている)と一緒に暮らしている。

『イカゲーム』のゲーム参加者たちの生活は、社会の最下層であるはずの『パラサイト』の主人公たちよりもさらに厳しい。どちらの作品も、資本主義がもたらしたのは持てる者と持たざる者の対立ではなく、持たざる者同士の競争だと言っているように感じられる。

『イカゲーム』には韓国らしさが際立つユニークな描写もある。

最も視聴者の印象に残った場面が男性の主人公たちや悪者たちの出てくる場面ではなく、2人の若い女性脇役のシーンであることは、SNSなどでの反応からも分かる。

カン・セビョク(チョン・ホヨン)は脱北者。せっかく共産主義から逃れてきたのに、資本主義の社会では生きるための戦いを日々強いられている。ジヨン(イ・ユミ)は自分を虐待していた父を殺して服役し、出所してきたばかりだ。

男たちが策を巡らしたり、自分より強かったり賢かったりするライバルにおもねったりして何とか勝ち残ろうとしているのに対し、セビョクとジヨンはあえて一匹狼であることを選び、それ故に2人は孤高の勇者となっている。

だが2人の命運もついに尽きる。ビー玉遊びのゲームで2人は対決することになるが、次のラウンドに進めるのは1人だけ。もう1人は脱落、つまり処刑される。

そんな状況が実に素晴らしくドラマチックなシーンを生んだ。30分後にはどちらかが死ぬことが分かっているのに、2人はただ、おしゃべりすることを選ぶのだ。

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COLLECTION CHRISTOPHEL/AFLO

東アジア的な物語の「伝統」

アメリカの現代ドラマや男性中心の物語ではなかなか見られない展開だ。2人は韓国映画『インサイダーズ/内部者たち』の有名なせりふ「モヒートでモルディブを1杯」についてたわいもない会話を交わす。そして、エキゾチックな島に行って一緒に飲む話をしたりするのだ。

2人はつかの間の時間と自由を得て、これからやりたいことや映画や旅についてとりとめもなくしゃべるのだが、これは欧米のドラマやサスペンスものでは避けられがちな、ある意味贅沢な展開だ。

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