『イカゲーム』の悪夢が世界をここまで虜にする理由
ENJOYING THE GAME
集まったのはいずれも経済的に困窮して危険なゲームに参加せざるを得なくなった人々。その姿は韓国の厳しい現実をも映し出す ALBUM/AFLO
<韓国では今、子供の遊びに興じるバラエティー番組が人気。残酷なディストピアを描いて世界中で大ヒット中の『イカゲーム』は、その定石をひっくり返したかのような作品だ。韓国らしいのに普遍的な話題作の魅力を探る>
(※ネタバレあり)
近年韓国を訪れた人は、バラエティー番組の人気の高さに気付いたことだろう。
司会者とゲストが一対一で語り合うアメリカのトークショーとは異なり、韓国のバラエティーでは複数の出演者が駐車場や公園、大型ショッピングセンターといった公共の場でカメラの前に立つ。
軽いトークを繰り広げたり小突き合ったりする導入部が終わると、出演者たちはジャージーに着替え、かくれんぼや陣取り合戦や縄跳び、じゃんけんといった子供の遊びに興じる。
負ければ罰ゲームが待っているが、ほとんどは食事を抜きにされたりテレビ局まで歩いて帰らされたりといったたわいのないもの。出演者が罰ゲームで屈辱を味わえば味わうほど、観客は盛り上がる。
この手の番組の代表格『ランニングマン』は、今や韓国だけでなくアジア全域で大人気。2010年の放送開始以来、中年のお笑い芸人が若いKポップ歌手や俳優とゲームで張り合う内容で、「韓流ブーム」の中核を担ってきた。
昨今のソーシャルメディアには、アジア各国の人々が番組をまねしてゲームを楽しむ投稿動画があふれている。
セレブのドジな一面が見られるのも、こうしたバラエティーの醍醐味だ。いい年をした有名人が子供の遊びを再現し、幼稚に振る舞う様子は笑いを誘う。
番組は共感をかき立て、懐かしい記憶を呼び覚ますように作られているから、視聴者はセンチメンタルな気持ちになる。失った童心に思いをはせ、つかの間、時計の針が戻ったかのような感覚を覚える。
いつしか純粋にゲームを楽しむことを忘れて勝ち負けばかりにこだわるようになった自分を、しみじみ振り返ったりもする。
そんなバラエティー番組の定石をひっくり返してみせたのが、ネットフリックスで大ヒット中の『イカゲーム』。バラエティーからお笑いの要素を剝ぎ取り、その世界を悪夢のディストピアに変えて新自由主義経済に物申すドラマの仕上がりは──ぞっとするほど恐ろしい。
競争社会が試す人間の品性
さて、ここから先はネタバレがあるので、未見の方はご注意を。
『イカゲーム』でゲームに参加するのはコメディアンや歌手ではなく、借金で首が回らなくなり、絶望の淵に立たされた456人の男女。
舞台は孤島の迷宮めいた施設で、中にはマウリッツ・コルネリス・エッシャーのだまし絵を思わせる階段が巡らされ、スピーカーから流れるヘンデルやリヒャルト・シュトラウスの陽気な音楽が不気味さを醸し出す。
そしてここでの罰ゲームは食事抜きではなく、死だ。