最新記事

映画

時代に合わなくなったヒーロー「ジェームズ・ボンド」の最期が意味するもの

Passing the Torch

2021年10月29日(金)06時34分
サム・アダムズ
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』

第一線を退いたボンドは静かな暮らしを楽しんでいたのだが…… ©︎2021 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED

<『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でダニエル・クレイグが演じた007の最期は、去りゆくアベンジャーズの英雄たちと重なる>

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は、ダニエル・クレイグがイギリスのスパイ、ジェームズ・ボンドを演じた最後の作品だ(以下、映画のネタバレあり)。そればかりか、あたかも「最後のボンドムービー」であるかのように幕を閉じる。

人類滅亡をもたらす可能性のあるウイルスが保管されている施設に向け、ミサイルが発射される。確実に命中させるためにボンドはその場に残り、吹き飛ばされる建物と運命を共にするのだ。

人々の命を救うために自らを犠牲にする――ヒーローにとってこれほど高貴な死に方はない。「高貴」なんてボンドの柄ではないけれど、クレイグによる最後の007映画であることを思えば、記憶に強く刻まれる終わり方にするのは当たり前だろう。

だが死に向き合うボンドからは「それ以外の選択肢がない」とか「人類を救うという目的に殉じる」といった感じがあまり伝わってこない。どちらかというと死を望んでいるように見えるのだ。

本作の最初のアクションシーンでボンドは、追ってくる車から逃れるため、路面に敷設されていたケーブルをつかんで橋から飛び降りる(ケーブルは都合のいいことに、欄干からぶら下がって命拾いができるくらいの長さにたるんでいる)。でもラストでは、彼は逃げようともしない。

一つの時代の終わり?

クレイグは現在53歳。ロジャー・ムーアがボンドのタキシードを脱いだ年齢より5歳も若いが、本作では肉体的に衰えてきていることが強調されている。ボディーラインは相変わらず素晴らしいが、それでも若い世代のエージェントたちに追い上げられ、自分の時代が終わりつつあることを認識させられる。

007のナンバーを継いだ女性スパイのノーミ(ラシャーナ・リンチ)は、自分の邪魔をしたら膝を撃つとボンドを脅す。それも「まだ使えるほうの膝をね」と言うのだ。

ボンドの復帰を喜んでくれるのはアメリカのスパイ、ローガン・アッシュ(ビリー・マグヌッセン)だけ。本物のボンドについに会えたと興奮を隠さない。だがそんなふうに持ち上げられること自体、若いポップスターがベテラン歌手に「子供時代、あなたのポスターを寝室の壁に貼っていました」と言うようなもので、ボンドが過去の人になったことを感じさせる。

この辺り、ボンドファンが愛しているのは昔ながらのスパイ映画なのだと認めているようなものだろう。ファンは整った身なりの白人男性が外国なまりの悪者を殺したり、そのたびに違う女性と時に軽口をたたきながらベッドインするのを楽しみにしている、と。

その点、マグヌッセン演じるアッシュはいかにも白人エリート男性といった外見だ。目的のためなら、仲間であるはずの相手もためらいなく殺す。こんな人物がボンドファンなのだとしたら、ボンドもそろそろ引退の潮時と言えるかもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中