最新記事

エンターテインメント

「携帯キャリアと正反対」 ネットフリックスが幽霊会員を退会させる狙いとは?

2021年9月19日(日)20時00分
Screenless Media Lab. *PRESIDENT Onlineからの転載

ネット上ではネットフリックスのこの取り組みについて、さまざまな憶測がなされている。一例を挙げれば、「幽霊会員の存在がサービスの低下につながるから」といった意見がある。どういうことか。

まず、幽霊会員が何もせずに会費を支払う面だけを捉えれば事業者(ネットフリックス)の利益につながるが、そのようなユーザーが増えれば、「こちらが何もしなくともお金を払ってもらえる」という感覚が生まれる。すると、サービス改善への意欲が薄れて、競争力が低下してしまう。ネットフリックスはそれを避けるために、サービスの健全性を守ろうとしたと考えるのだ。

幽霊会員の増加が、サービス向上という視点でマイナスの影響をもたらす可能性は、たしかにあるかもしれない。しかし、もしそうした考え方が一般化できるなら、ネットフリックス以外の映像配信事業者も同じように、幽霊会員に退会を促すはずである。

だが、実際はそうはなっていない。むしろ多くのコンテンツ配信事業者は、利用せず会費だけを払っているユーザーが一定数おり、その存在が自らの利益に貢献してくれることを見込んだ上で、サービス全体を設計しているように思われる。

利用者をできるだけ長く留め置くことが重視されてきたが......

コンテンツマーケティングの世界は、かつての「パッケージ商品を一度売って終わり」の売り切り時代が終わり、ネットを経由したダウンロード販売や期間定額制で見放題、聞き放題のサブスクリプションモデルに移行している。ネットフリックスは後者の代表であるが、本稿ではそうしたビジネスモデルを「X放題」と呼ぶ。

X放題のマーケティングは「誘導する」「囲い込む」「継続させる」「離脱させない」という4つのステップで構成される。そこでは利用者を自社のプラットフォームに、できるだけ長期間留め置くことが重視される。

第1段階である誘客では、コンテンツの魅力でユーザーを誘引する、パッケージ販売時代以来の「一本釣り」スタイルが主流である。売り手は他にない独自コンテンツの価値や差異を買い手に訴求し、その価値を認めた買い手が気に入ったコンテンツを求めてプラットフォームに集まってくる。

X「放題」で集客するサブスクリプションはコンテキスト、すなわち体験価値で集客している

図版=Screenless Media Lab.

コンテンツ頼みのマーケティングは限界にきている

近年は個々の顧客の購買行動をデータ化し、各人の嗜好を分析した上で、それに合うコンテンツを顧客一人ひとりに選定・リコメンドしていくことが一般的になってきた。それは誘客と同時に囲い込みのための武器でもある。

パーソナライズされたマーケティングによってユーザーのコンテンツ選択の手間を省き、好みのコンテンツを視聴させて顧客満足度を高めることで、自社のプラットフォームに囲い込むのである。

しかし、購買において情報収集の努力をせず、同種の商品やサービスの差異に関心を持たない、消費者の「無関心化」傾向が顕著になってきたことで、このようなコンテンツ頼りのマーケティングは今、限界に突き当たっている。

個々のコンテンツの優位性をいくらアピールしても、その違いに関心を持たなくては顧客への訴求は無意味になってしまう。

「メディア体験を無制限にできる」という期待

こうした無関心化傾向にもある程度対応してきたのが、ネットフリックスなどのコンテンツ配信系サブスクリプションである。

サブスクリプション事業者が顧客に訴求しているのは、個々のコンテンツの魅力や未知の体験ではない。彼らがユーザーを引き寄せようとする餌は、音楽を聞いて感動する、映画を見て感動するといった過去に経験した「メディア体験」を「無制限にできる」という期待感なのだ。

なおここでいうメディア体験とは、映画なら映画、音楽なら音楽という個別のコンテンツを楽しむ「コンテンツ体験」とは異なる概念である。

メディア体験は、特定ジャンルのコンテンツをユーザーに提供するプラットフォームを「メディア」と捉え、そこで顧客がトータルに得る体験を指す。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中