最新記事

BOOKS

「売れないと困るんですよ。だって、なんでもない人じゃないですか」元・出版翻訳家が記すトンデモ編集者と業界の闇

2021年1月29日(金)07時05分
印南敦史(作家、書評家)

確かに、翻訳者の名前が有名であればあるほど売れる可能性は高まるし、逆に知名度がないのであれば、監訳者とか監修者に著名人を起用すれば、それが売れる引き金にもなるだろう。

とはいえ当然ながら、翻訳者にとってそれはうれしい話ではない。だいいち、最初からそういう話だったのならまだしも、訳し終えたあとでそんなことを言われたのではたまったものではない。

しかもその女性編集者は、著者にとんでもないことを平気で言ってのけるのである。


 B書院の女性編集者はこう言った。
「こちらの事情も理解してくださいよ。売れないと困るんですよ」
「そこまでしてビッグネームを使わなければならないんですか」
「だって宮崎さんって、なんでもない人じゃないですか」
 彼女がそんなことを口にしたのがとても信じられなかった。まさかそんなことを言う人とは思っていなかったからだ。その後、私は何をどう言ったのか覚えていない。しかしその場では反論しなかったことは確かだ。たぶん「それでは好きにしてください」とでも言っていたのだろう。だが「なんでもない人」呼ばわりされた悔しさはその後も消え去ることはなかった。(75ページより)

それは悔しくて当然だと思う。私も辛抱強いほうだと思うが、とはいえこんなことを言われたら冷静でいられる自信がない。そういう意味では、著者は冷静がすぎる気もする。

驚愕せざるを得ない、あまりに現実味がないエピソード

ともあれ、このような"トンデモ編集者"が次から次へと登場するのである。コントとしか思えないような人ばかりなので現実感がないのだが、次の発言者と似たような言葉なら、私も聞いたことがある。


 編集長は自信に満ち溢れた表情でこう言った。
「今、『世界がもし100人の村だったら』というのが売れているでしょう。この本は、それに似せて作ろうと思っているんだ。私は英語ができるのでちゃんと読んでみましたが、なかなか面白い。これはかなり売れると見ています。ぜひ翻訳、お願いできませんか」(77ページより)

これを聞いた著者は心の中で「なんだなんだ、この出版社も二番煎じをやってんのか」と思わずにいられなかったそうだが、私も雑誌の世界である編集長から「○○のような雑誌にしたいと思っているんです」と聞かされたことがある。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中