自由と平和を求めて抗う「女神」たち 今注目すべきアジアの女性を見つめる
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ベトナムの民主化を訴えるマイ・コイさん。映画『マイ・コイと反逆者たち』より
<自らもドキュメンタリー作家である伴野 智氏がアジアの優れたドキュメンタリー映画を紹介しようと立ち上げたネット配信サービス「アジアンドキュメンタリーズ」。ベトナム、イスラエル、ヨルダンの「民主の女神」を取り上げた最新の特集を伴野氏が紹介する>
香港の民主化運動で注目された「民主の女神」。流ちょうな日本語で中国当局の圧力を訴える活動家の周庭さんだ。まるで「隣家の女の子」のような親近感と権力に立ち向かう強さとのギャップが、日本人の心を掴んだ。良くも悪くも彼女のようなアイコニックな存在が、日本では社会問題への関心を高める一因になってきた。ならば、他にもいるアジアの「民主の女神」を取り上げよう。そんな狙いで、今月の特集「抗う女性たち」が決まった。
国民的スターから反逆者へ ベトナム人歌手マイ・コイ
日本では、「表現の自由」は当然の権利として意識することさえ少ない。しかし、アジアを見渡せば、いかに日本が恵まれた社会であるかにすぐ気づくだろう。ドキュメンタリー映画『マイ・コイと反逆者たち』(2019年製作・日本初公開・70分)は、「表現の自由」に無頓着な日本人への警鐘だ。
親日国として知られるベトナムは、グルメや観光の印象が強く、ネガティブなイメージは薄い。一方で、政権はベトナム共産党の一党独裁。表現、結社、集会、信教など国民の自由が制限されている。政権批判した環境運動家のレー・ディン・ロンさんは20年の禁固刑を言い渡された(2018年)。本作は、そんなベトナムの「闇」に斬り込む。
主人公のド・グエン・マイ・コイさんはベトナム人の女性シンガーソングライター。11歳で貧しい村を飛び出し、歌手として4枚のアルバムをリリースしたが鳴かず飛ばず。そんなとき、音楽教師の父親のアドバイスで、祖国ベトナムの美しさを称える歌を世に出し、大ヒット。ベトナムの「ソング・オブ・イヤー」を受賞(2010年)し、国民的大スターにまで駆け上がった。彼女は、財産、名声、そして何よりベトナム共産党の恩恵を受けた。国家行事にも呼ばれ、国営メディアはたびたび彼女を起用した。
しかし、彼女は自分の役割にむなしさを感じていたという。「表現の自由」が厳しく制限されていたからだ。「ベトナムで何が起きているか、真実を知ってもらいたい」。彼女は愛する国を変えるため、自分の気持ちを自分で語り、表現し始めた。 "ベトナムのレディー・ガガ"と呼ばれるようになった彼女は、無許可でアルバム『セルフィー・オーガズム』をリリースし、政府の逆鱗に触れてしまう。国民的スターが一夜にして国家の反逆者になってしまったのだ。やがて、彼女は劇場でも個人宅でも、歌うことを禁じられる。それでも秘密警察の監視をかいくぐり、彼女は歌い続けた。「私が声を上げることで、より多くの人が一緒に立ち上がってくれるかもしれない」。自由を求め、たった一人で国家権力に抗い続けるアーチストの生き様に、激しく心が揺さぶられる。
イスラエルを内側から変える 兵役拒否
18歳で誰もが兵役の義務を負うイスラエル。それが当たり前の社会において、義務に抗う若者たちが少しずつ増え始めている。ドキュメンタリー映画『兵役拒否』(2019年製作・日本初公開・75分)は、そんなひとりの若い女性と家族の思いに迫った。
「"拒否なら私にもできる"って気付いたの」。そう語るのは、高校を卒業したばかりのアタルヤ・ベン=アッバさん。彼女は軍人一家に育ち、大きくなったら自分も兵士になると信じていた。そんな彼女が兵役を拒否するという。当然ながら家族は猛反対。なぜなら、兵役拒否者は軍事刑務所へ投獄されるからだ。イスラエルでは、兵役を拒むことは罪であり、社会的にも恥。臆病者のレッテルを貼られ、全ての兵士に対する侮辱だと罵られる。
一方で、彼女はイスラエルとパレスチナの平和のため、占領を終わらせるべきと考えていた。軍の占領地を何度も訪れ、そこで目にした実情が彼女を突き動かしたのだ。「平等ではない」というのが彼女の結論だった。暴力が暴力を生み、無限のサイクルに陥っている。イスラエル人とパレスチナ人の協力こそが、恐怖と憎しみから逃れられる唯一の道だと感じていた。
「今、兵役拒否をする人の多くは女性なの。彼女たちは、自由と平等のために闘っているの」
パレスチナ占領政策への反対、ユダヤ人とパレスチナ人が平等に暮らす国を求める考え、軍隊そのものを否定する徹底的平和主義、イスラエル建国に対する疑問など、イスラエルでは「危険思想」とさえされる考えを若者たちが議論し始めている現状は、今後この国にもたらされる大きな変化の予兆ではないか。そして実際に、兵士たちにも占領地での軍務を拒否する動きが出てきている。ひとりの反抗が共感を生み、社会の変革へとつながる。今、内側からイスラエルが変わろうとしているのかもしれない。