最新記事

アート

白いカーテン越しにのぞき見るジャマイカの陽光と陰影

Behind the Caribbean Curtain

2019年5月15日(水)17時00分
メアリー・ケイ・シリング

カーテンのような点描の透かし模様が隠れて被写体を見ている気分にさせる (c) PAUL ANTHONY SMITH. COURTESY OF THE ARTIST AND JACK SHAINMAN GALLERY, NEW YORK

<NYで初個展を開いたP.A.スミスが表現するカリブ海に浮かぶ島ジャマイカの躍動感と哀しみ>

ジャマイカ出身のアーティスト、ポール・アンソニー・スミス(31)の初の大規模個展が、ニューヨークのジャック・シャインマン・ギャラリーで開かれた(5月11日まで)。作品搬入日に会場を訪ねてみると、スミスが作品の設置作業を心配そうに見守っていた。

「昨秋から取り組んできた作品だ」と、スミスは言う。「それがここに展示されるなんて、おかしな気分だ。誰かに買われていくかもと思うとつらい」

個展のタイトルは『ジャンクション(岐路)』。それは9歳のとき家族とジャマイカからマイアミに移住し、18歳のとき中西部ミズーリ州のカンザスシティー美術大学でアートを学び、現在ニューヨークのブルックリンにアトリエを構えるスミスの地理的・感情的軌跡でもある。

一連の作品は、スミスが考案した「ピコテージ」という技法を使って制作されている。インクジェット印刷した写真(複数の写真のコラージュの場合もある)を白い展示パネルに貼り付ける。その表面を特殊な針で傷つけて、白い下地を点描のように露出させ、全体として写真に薄いカーテンがかかっているような作品に仕上げる。

その「カーテン」は、50~60年代のカリブ海諸島の建築によく見られた装飾ブロックのパターンが入っているものもあれば、幾何学模様や太い線が入っているものもある。薄いベールは「ある場所に招かれたのに、いざそこに行くと(コミュニティーに)入れてもらえない」アフリカ系ディアスポラ(離散民)の経験を表現しているという。

スミスの作品の魅力は、ジャマイカのビーチやブルックリンのパレードなど、カラフルで華やかな風景にこのカーテンをかけることで被写体をのぞき見しているような気分にさせることだ。それは「もっとよく見たい」という欲望をかき立てると同時に、被写体を守る効果も果たしている。

「鉄のカーテンを知っているだろう?」とスミスは言う。「これはカリブのカーテンだ」

スミスは写真家ではないが、数千枚の写真を撮りためてある。どれも「人生の素晴らしい日」のはかない瞬間を捉えている。「その多くは、祝福やダンスやリズムや躍動感に満ちている」

一方、わざとピンボケにした写真は、「記憶や歴史の喪失を表現している」という。「ジャマイカのモットーは『多くの民から、一つの民へ』。シリア人やドイツ人、ユダヤ人、中国人など、さまざまな人たちが移住してきたが、ジャマイカがそうした多様性に満ちた国だと思う人はほとんどいない」

心は常にジャマイカに

スミスは、ブルックリンのスタジオにこもっているときが一番幸せだと言う。そこは小学2年生のときのスケッチブックも置いてある彼の「聖地」だ。「子供のときからアーティストになるつもりだった」と彼は言う。「料理人か格闘技の選手になりたい時期もあったけどね」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中