最新記事

法からのぞく日本社会

東京五輪まであと4年、「受動喫煙防止」ルールはどうする?

2016年9月5日(月)15時50分
長嶺超輝(ライター)

 ただし、「受動喫煙防止」のルールができたことをきっかけに、店舗としては難しい経営判断を迫られることも忘れてはならない。分煙施設をつくるとしても、小規模経営の店にとっては投資の負担が大きい。かといって全面禁煙にすれば一部の常連客が去って行く。実際に両県内で閉店に追い込まれた店は相当数にのぼるという。

 2014年、当時の東京都知事だった舛添要一氏は「飲食店でたばこが吸える先進国は日本だけだ」「都議会の協力を得て、条例を通せばできる」と、テレビ番組で受動喫煙防止への意欲について発言した。都知事は小池百合子氏に代わったが、選挙演説の段階で、「受動喫煙対策を推進する」と何度も訴えていたため、方針は変わらないとみられる。

 では、条例をつくる権限を持つ都議会はどうか。東京都の有識者検討会(受動喫煙対策検討会)は2015年春、受動喫煙防止条例の制定について「国の動向を踏まえ、2018年までに検討する」と発表し、最終的な判断を先送りしている。もっとも、他の開催都市は五輪直前の時期に滑り込みで罰則付き喫煙規制を制定している例も多い。

世界に比べて、たばこ規制が進みすぎている面もある

 その一方、実は日本は世界に比べて、たばこ規制が進みすぎている面もある。「路上喫煙防止条例」である。

 罰則付きの路上喫煙禁止条例は、2002年から東京都千代田区で始まり、他の地方でも主要駅の周辺などで同様のルールが急速に広がっている。

 諸外国では、屋外での喫煙を罰則付きで禁じている例はほとんどない。結果として、日本では「屋内で吸いやすく、屋外で吸いにくい」という不思議な逆転現象が起きている。

「路上の喫煙については厳しく対処しているので、受動喫煙防止のルールは見逃してください」と言いたくなるところだが、その交渉は、IOCを相手にしてもおそらく応じてもらえないだろう。路上喫煙禁止は、同じたばこ規制といっても「吸い殻のポイ捨て防止」「歩きたばこの危険回避」などが目的であり、受動喫煙防止とは趣旨や方向性が異なるからだ。

 愛煙家にとっては受難の時代であるが、近ごろでは電子たばこも普及しつつある。副流煙がなくなるわけではないものの、大幅にカットされる新形態のたばことして注目を集めている。また、業務用の空気清浄機も、性能が年々向上している。

 完全禁煙や完全分煙のルールづくりが進まないのなら、いっそのこと、日本の卓越したテクノロジーの力で、受動喫煙の健康リスクを極限まで取り除き、愛煙家と嫌煙家が共存できる空間づくりを提案してみてはどうだろうか。IOCが驚く受動喫煙防止の「奇策」としてはありえそうである。

【参考記事】東京五輪まであと4年、「民泊」ルールはどうする?

[筆者]
長嶺超輝(ながみね・まさき)
ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙(エレクション)――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

原油先物は小幅安、米ガソリン在庫が予想外に増加

ワールド

トランプ氏の対カナダ関税、米ガソリン価格押し上げへ

ワールド

米、ウクライナに7.25億ドル相当の武器供与へ 駆

ビジネス

午前の日経平均は反発、米半導体規制への思惑が買い戻
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老けない食べ方の科学
特集:老けない食べ方の科学
2024年12月 3日号(11/26発売)

脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす──最新研究に学ぶ「最強の食事法」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式トレーニング「ラッキング」とは何か?
  • 3
    黒煙が夜空にとめどなく...ロシアのミサイル工場がウクライナ無人機攻撃の標的に 「巨大な炎」が撮影される
  • 4
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 5
    「健康食材」サーモンがさほど健康的ではない可能性.…
  • 6
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 7
    「健康寿命」を2歳伸ばす...日本生命が7万人の全役員…
  • 8
    バルト海の海底ケーブル切断は中国船の破壊工作か
  • 9
    未婚化・少子化の裏で進行する、「持てる者」と「持…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 6
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 7
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 10
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中