「テロリストの息子」が、TEDで人生の希望を語った
彼は現在、自分の体験をさまざまな場所で語り続けている。本書も、各界の著名人がプレゼンテーションを行うことで知られる「TEDトーク」で語ったことをもとにしたものである。
不名誉なストーリーを自ら語る理由については、「希望を与えるような、誰かのためになるようなことをしたいからだ」と記している。そして、その内容は多くの共感を呼んでもいる。父親に人生を破壊されたことは、予想外の可能性を生み出しもしたのだ。
つまり時間がかかったとはいえ、著者は最終的に、父親が植えつけたトラウマや、刑務所のなかから連絡し続けてくる父親の呪縛から逃れることができたのだった。18歳で、父親からの一切の連絡を受けるのをやめたことは、彼が大人への階段を登りはじめたことの証明でもあったのだろう。
本書のクライマックスには、まるで映画のように感動的な情景が映し出されている。2012年4月に、著者がフィラデルフィアのFBI本部で、数百人の捜査員を前にスピーチをしたときのことだ。イスラム教徒のコミュニティと親密な関係を築きたいと望む捜査局が、息子の学校で平和を提唱する著者の講演を聞いたことから実現したものだという。
スピーチ終了後、著者は父親の事件を担当した捜査員のひとりだったという女性から声をかけられる。彼女は泣きながら、「エル・サイード・ノサイルの子どもたちがどうなったのか、いつも気になっていました。あなたたちが、彼の道に続くのではないかと恐れていたんです」と打ち明ける。
それに対し、著者はこう答える。力強いその言葉は、本書の読後感を最良のものにしてくれる。
僕は自分が選んだ道を誇りに思っている。父親の過激主義を拒絶したことが、僕らの生活を救い、人生を生きる価値のあるものにしてくれた。(中略)彼女の質問、「エル・サイード・ノサイルの子どもたちがどうなったのか」に対する答えは、ここにある。
僕らはもう彼の子どもじゃない。(175ページより)
本書が読者に叩きつけるのは、テロリストへの反感だろうか? もちろん、それもあるだろう。しかし、さらに強烈なメッセージは、考えうる限り最悪の事態が起こったとしてもなお、人はそれを乗り越えていけるのだという希望だ。
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『テロリストの息子』
ザック・エブラヒム、 ジェフ・ジャイルズ 著
佐久間裕美子 訳
朝日出版社
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。書評家、ライター。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。