最新記事

ホラー映画

恐怖の「それ」がえぐり出す人生の真実

新鋭監督が手掛けたホラー『イット・フォローズ』。 近年で最も独創的なクリーチャーがどこまでも追ってくる

2016年1月15日(金)13時35分
クリス・ケイ

衝撃の体験 セックスの後、縛り付けられた状態で目覚めたジェイは恐ろしい現実と直面する ©2014 IT WILL FOLLOW. INC.

 80年代に、こんな都市伝説が存在した。ある男性(または女性)がバーやクラブで出会った相手とセックスをする。翌朝、目を覚ますと相手の姿はなく、鏡に口紅(またはシェービングクリームや血)で書かれたメッセージが。「エイズの世界へようこそ」──。

 嘘くさい伝説だが、エイズ流行のさなかに大人になった世代の恐怖心を巧みに突いていた。それと同様の構造を持つのが、若手監督デビッド・ロバート・ミッチェルの長編第2作『イット・フォローズ』だ。

 ミッチェルの故郷デトロイトで、わずか28日間で撮影された本作は、19歳の少女ジェイ(マイカ・モンロー)が主人公のホラー映画。デート相手とセックスした彼女は、恐ろしい何かに感染したことを知る。性交渉でうつる「それ」は感染者をゆっくり、ひたすら追い掛け、捕まればむごたらしく殺される。

 逃れるすべは、別の誰かにうつすこと。だがうつした相手が殺されたら、「それ」は自分に戻ってくる。「ひたひたと迫る存在というアイデアは、子供時代に見た悪夢が元ネタだ」と、ミッチェルは話す。「恐ろしかったのは、それが絶対に追い掛けるのをやめない点だ。ひたすら僕を目指してやって来た」

 ターミネーターのように、決して諦めない追跡者。それこそ本作の恐怖の核だ。

 ミッチェルは賢明にも、昨今のホラー映画にあふれる扇情的拷問シーンやスプラッター描写を避け、ホラー・SFジャンルの巨匠ジョン・カーペンターらを思わせる夢うつつの世界を作り出した。映画の舞台としては珍しいデトロイト郊外の風景も、奇妙なムードをもたらす。

セックスと死をめぐって

 ある登場人物は電子書籍リーダーでドストエフスキーの小説『白痴』を読むが、手にしている端末はコンパクト型の避妊用ピルケースのようにも見える。

「60年代の化粧用コンパクトを電子端末として登場させた」と、ミッチェルは言う。「60年代のデザインなのに、現代的な機能を持つもの。現実の世界が舞台ではないことを示す、ちょっとした手掛かりだ」

 こうした描写のおかげで、多くのホラー映画とは一味違う作品が生まれた。いくつかの場面だけを取り出せば、大人になる道のりをファンタジーとして描いたかのようだし、ある意味ではそれこそがこの映画の本質だ。

 面白いことに、本作の「それ」は、物理的法則に従うものとして設定されている。だから窓を割って侵入できても、壁を通り抜けることはできない。同時にその存在は感染者にしか見えず、しかも家族や教師など、さまざまな人物の姿で現れる。ゾンビなどがヒントになっているとはいえ、近年で最も独創的なクリーチャーの1つだ。

「それがホラー映画の楽しいところだ」と、ミッチェルは話す。「物語上のルールが存在するが、それは登場人物が作り出したルールであり、登場人物には彼らなりの限界がある」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

米中古住宅販売、10月は3.4%増の396万戸 

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中