だから、もう「お金」は必要ない
経済活動を維持するのに必要となる資本の額が減少すれば、短期的には経済にとってマイナスである。設備投資の金額が減少し、その結果、国民所得も減少する。所得が減少すれば、GDPの成長率も伸び悩むことになる。
だが長期的にはまた別の変化が生じる可能性もある。
同じことをより少ない設備で実施できるのであれば、従来の設備の維持に従事していた人材が余剰となる。余った人材は別な産業にシフトすることになり、従来にはなかった製品やサービスがたくさん登場する可能性が見えてくる。画期的な製品やサービスの登場によって、最終的には消費が喚起され、経済規模は再び拡大に向かうかもしれない。
もしこの効果が本物なのであれば、無数の個人がプチ事業家として振る舞うことのインパクトは、想像以上に大きなものとなるだろう。
経済学者やエコノミストの中には、全世界的な低金利傾向や成長率の鈍化への対策として、規模の大きい公共事業を復活させるべきと主張する人もいる。
だが、低金利が構造的な問題に起因するものなのだとすると、従来型の需要に働きかける政策はあまり効果を発揮せず、むしろ新サービスの登場を促す政策を実施したほうが効果的かもしれない。この仮説が正しいかどうかはっきりするのは、そう遠い将来のことではないはずだ。
※第3回:学歴や序列さえも無意味な「新しい平等な社会」へ はこちら
<加谷珪一『図解 お金持ちの教科書』抜粋シリーズ>
ニューストピックス「図解 お金持ちの教科書」