さらばCG、映画は人間だ
観客が特撮に慣れた今、映画界を救えるのは雰囲気やセリフに工夫を凝らした作品だ
努力賞? 『ナイト&デイ』はクルーズのとぼけた演技とディアスの魅力で笑わせてくれるが、次第に…… ©2010 TWENTIETH CENTURY FOX
夏が来るたびに思ってしまう。特殊撮影のどこがすごいんだろう、と。CG(コンピューター・グラフィックス)技術が進めば進むほど、映画を見る側のワクワク感は薄れていく。これがジェームズ・キャメロンの『アバター』が退屈だった理由だ(理由の1つ、か)。
ピクサーやスティーブン・スピルバーグの特撮映画や、アイデアはお粗末だが映像が素晴らしかった『スター・ウォーズ』新3部作を見てきた観客にとっては、キャメロンの3D超大作もそれほどの衝撃ではなかったらしい。
しかしアメリカ人は常に新鮮な驚きを求める国民だ。だから夏になるたび、観客の度肝を抜こうとする映画が公開される。
今やCGは当たり前の時代。そのため監督は、あえて在来の手法に磨きをかけて他作品との差別化を図ろうとする。結果がコメディーやドラマの復活だ。
クリストファー・ノーランによる「バットマン」シリーズの『ダークナイト』には、派手なアクションやさまざまなバットマンの小道具が出てくる。しかしこの作品が私の記憶に刻まれているのは、悪人ジョーカー役のヒース・レジャーの怪演や、心がえぐられるような脚本のためだ。
ノーランの新作『インセプション』(全米公開7月16日、日本公開7月23日)はレオナルド・ディカプリオ主演のスリラーだが、これも同じ路線を行っている。
既に封切られた作品にも、「大作の公式」を破ったものが3つある。いずれもジャンルの壁を突き破り、俳優に凝った演技をさせ、セリフに磨きをかけるなどして、観客の心を捉えようと努めている。
アクションよりも演技
まずは『ナイト&デイ』。主演トム・クルーズの熱演を見せつけられると思いきや、監督のジェームズ・マンゴールドはその予感を見事に覆す(日本公開は10月予定)。
「そのドレス、素敵だね」と、クルーズはレモンイエローの服を着たキャメロン・ディアスに言って笑顔を見せる。このときクルーズは、ディアスが高速道路を猛スピードで逆走させる車のボンネットにしがみついている。
2人がスペインの街の狭い道をオートバイで走るシーンでは、疾走する猛牛の大群に出くわす。ここでもクルーズはさりげなく言ってのける。「牛だな」。
男と女を主役にした小粋なサスペンスはこれまでに数多くあった。ルーツをたどれば30〜40年代のコメディー『影なき男』シリーズに行き着くが、あれは特撮がなかった時代の作品だ。早い展開とたっぷりの内容が求められる今では、当時の手法は通用しない。
『ナイト&デイ』の出だしは、クルーズがとぼけた演技で笑わせる。しかし次第に、『ミッション・インポッシブル』風の大味なアクションが幅を利かせ始める。
ディアスの元気でユーモラスな持ち味も、映画の展開がスピードアップするにつれて見せ場が少なくなる(筋立てはクルーズが無限のエネルギー源を悪人から取り戻すというたわいないもの。悪人の外国語なまりもわざとらしい)。
クルーズのアクションシーンはもう忘れてしまった(うまくできているが、どれもこれまで見てきたようなものだから)。
もっとも、薬を飲んでもうろうとしたディアスがクルーズと逃げ回る場面はしばらく覚えているだろう。映画の冒頭と同じように楽しくてチャーミング。夏のアクション大作にありがちなシーンを巧みにちゃかしている。
娯楽映画に新風を吹き込むには、あえて演技派を起用するのもいい。例えば08年の『インクレディブル・ハルク』のエドワード・ノートン、最近では『プリンス・オブ・ペルシャ 時間の砂』のジェイク・ギレンホール。どちらも興行成績は振るわなかったけれど。