『ソルト』の女スパイはアンジーそのもの
アンジェリーナ・ジョリー主演のアクション大作は、天使か悪女かわからない現実の彼女のイメージを巧みに利用している
見えない素顔 ジョリー演じる女スパイのソルトは二重スパイか、究極の愛国者か
先週末に全米公開されたアンジェリーナ・ジョリー主演のスパイ映画『ソルト』は、くだらないが楽しめる出来だ(日本公開は7月31日)。ジョリーがハイヒールを脱ぎ捨て、消火器と掃除道具で即席の火炎放射器を作り、CIA工作員が詰め掛けたビルから逃亡する様子を気楽に楽しめる。
ジョリー演じるCIA工作員のイブリン・ソルトには、ロシアの二重スパイ疑惑がかけられており、身の潔白を証明するためにワシントンやニューヨークを飛び回る。橋げたから猛スピードで走るトラックの上に飛び移ったり、走行中の地下鉄から飛び降りるといったアクションが満載だ。
フィリップ・ノイス監督(『パトリオット・ゲーム』)は、現実離れしたアクションによって国家の安全保障が守られているという軽薄なサスペンスの料理法を心得ている。
ソルトは本当にロシアのスリーパー組織の一員として、スパイ活動を始めようとしているのか。その点にフォーカスした『ソルト』は、ロシアの美人スパイ事件が発覚していなかったら、今以上に馬鹿らしく感じられたはずだ。また、深遠な難題を扱ったレオナルド・ディカプリオ主演の『インセプション』と同時期に公開されていなければ、ジェットコースターのような展開をもう少し巧妙だと感じられたかもしれない。
当初はトム・クルーズが主演予定だった
とはいえ、『ソルト』は単なるクールな夏休み映画ではない。この作品が面白いのは、ジョリーの「ショー」だから。成功の秘訣は、彼女の演技力だけではないし、主人公が女性のアクションスターであることも関係ない(公開直後の観客の反応やネットでの評判を見ると、女性アクションスターの到来を称える声が多いが、彼らはジェニファー・ガーナーが二重スパイを演じたテレビシリーズ『エイリアス』や、シガニー・ウィーバーの『エイリアン』、ジョリーが暗殺者に扮した『ウォンテッド』を見たことがないのだろうか)。
『ソルト』の脚本は、ジョリーに合わせて書き換えられた。オリジナル版の主人公は男性スパイのエドウィン・ソルトで、トム・クルーズがこの役に興味を示していたとされる。だが新バージョンは女性スパイを主人公にしているとはいえ、男性俳優が演じてもおかしくない内容だ。銃撃戦の前に出産シーンがあるわけではないのだから。
オリジナル版のエドウィン・ソルトには妻子がいた。一方、イブリン・ソルトには夫がおり、彼がロシア人に痛めつけられることを危惧したソルトは居場所を必死で探す(パートナーに危機が迫っていれば、男女を問わずそうするだろう)。
ただし、この役を誰が演じても同じだという意味ではない。映画の序盤で派手なブロンドの長い髪をなびかせていたソルトは、変装する必要に迫られても、髪を茶色に染めるだけ。逃走中のスパイにふさわしい地味さとは程遠い。
その風貌は、高級女性誌ヴァニティ・フェア最新号の表紙を飾っているアンジェリーナ・ジョリーそのもの。この映画の製作陣は世間の常識に縛られて、映画スターとしてのジョリーの魅力を押さえ込むような愚かな真似はしない。
とはいえ、スリムなジョリー(とやや太めのスタント担当者)の身のこなしは、まるで『ダイ・ハード』のブルース・ウィリスだ。女性っぽさを排したジョリーなんて想像できないが、この映画のジョリーはそれに近い。ソルトは結婚しているため、彼女に好意を抱くCIAの上司(リーブ・シュライバー)との関係も友人レベルに留まっている。