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映画祭不況が映画を盛り上げる
今年のベルリンは経済危機を反映、深刻なテーマを取り上げた社会派ドキュメンタリーでいっぱいだ
アメリカの石油最大手エクソンモービルの重役を装った男が国際会議に出席し、革新的なバイオ燃料「ビボリウム」を開発したとして脱石油宣言をする。ただし、その「ビボリウム」の原料は人体だという。男はダウ・ケミカルの代表のふりをしてテレビにも出演。インドの工場で起きた毒ガス漏出事故の犠牲者に補償をすると嘘をつき、視聴者をだます。
さらには政府関係者になりすましてミシシッピ州ニューオーリンズへ。公営住宅建設の再開やエクソンモービルに120億ドルを拠出させてハリケーン被災地を復旧させると約束。危うく市長も信じるところだった――。
これは2月15日まで開催されているベルリン国際映画祭の出品作『イエスメンの世直し』。マイケル・ムーアの『華氏911』やテレビの『20/20』などの流れをくむ、ジャーナリズムと疑似ドキュメンタリーを交ぜた作品だ。盛り込まれたテーマは気候変動や貪欲な企業、経済格差などで、製作費は100万ドルと少額。強烈な皮肉と独創性に満ちた本作はサンダンス映画祭でプレミア上映され、大きな反響を呼んだ。
ムーアの作品で編集を務めたカート・イングファーらと組んで『イエスメン』を監督したマイク・ボナーノは、「この35年間に世界がやってきたことを考え直す時期だ」と語る。「そうして私たちのやり方を変えれば、世界の終末を避けられるだろう」
終末は近いと思う人がいる今、ベルリン映画祭も環境や社会・経済の動揺といった差し迫った問題を扱う作品であふれている。この映画祭はもともと硬派で知られるが、今年はとりわけ気骨のある挑発的なラインアップになっている。
80年代にブームを巻き起こした独立系映画会社の多くは、90年代に大手スタジオの傘下に入った。しかしスタジオが予算を引き締めはじめた現在、製作コストを意識する若い作り手に扉が開かれ、さらに大胆な映画作りの原点に回帰しているようだ。「過激で向こう見ずな作品が増えた」と、エッジの効いた低予算映画を対象とする同映画祭パノラマ部門の責任者ウィーラント・スペックは言う。「威勢がよくなった」
過去から過ちを学ぶとき
今回目立つのは重厚なドキュメンタリーだ。昨年『エリート分隊』で金熊賞を受けたブラジル人のジョゼ・パジーリャの『ガラパ』は、ブラジル北東部の飢餓状況を伝えるもの。手持ちカメラでモノクロ、音楽は入っていない。
スペイン人のチェマ・ロドリゲスは『コヨーテ』で南米の密入国の実態を暴く。カナダ人のジョン・グレイソンは『イチヂクの木』で、2人のエイズ活動家のドキュメンタリーと、治療薬を手に入れようとする彼らの闘いを歌ったオペラを組み合わせている。
「治療薬にはカネと政治がからんでいる。金融危機で政府が予算を切り詰めても、途上国でのエイズ治療が取引の材料にされてはならない」とグレイソン。先見の明のあるメッセージだ。
アメリカ人のマシュー・ハイセルの『マリン・ブルー』は不動産バブル崩壊で無人地帯になったロサンゼルス郊外を映し出す。
06年に『グアンタナモ、僕達が見た真実』で銀熊賞に輝いたイギリス人のマイケル・ウィンターボトムとマット・ホワイトクロスは、むごい市場原理を描いたナオミ・クラインの著書『ショック・ドクトリン』を映画化。「過去を振り返って何がまちがっていたかを知ることが重要だ」とホワイトクロスは言う。
この言葉は映画界にもあてはまる。「現在の危機のおかげで社会性の高い作品が生まれつつある」とデンマーク人のリー・ラスムッセンは言う。彼女が脚本・監督・主演を手がけた『人間動物園』は、戦火をくぐり抜けたセルビア人女性がフランスのマルセイユで生き抜く姿を描いたものだ。
少なくともベルリン映画祭をみるかぎり、新しい風は確かに吹いているようだ。
[2009年3月18日号掲載]