スターとトイレと撮影現場
華やかなイメージのテレビドラマ界だが、現場は意外に地味で平凡だ
フィル・マグロー博士は、おそらくアメリカで最も有名なセラピストだろう。人気司会者のオプラ・ウィンフリーが彼の大ファンで、彼のトーク番組をプロデュースしたおかげだ。
02年にマグローが番組を始めたとき、私は本誌の特集記事のためにロサンゼルスで彼に11週間の同行取材をした。マグローのド派手なスポーツカーに乗ったり、会員制のカントリークラブでテニスをしたり――。彼がつつましいテキサス人からハリウッドの大物になるまでの話も聞かせてもらった。
ある日、私は映画会社パラマウント?にある伝説的なセット、つまりマグローの番組の華々しい撮影現場を訪ねた。「わたしの倉庫を見せてあげるよ!」と彼はワクワクした様子で言った。「倉庫?」私は少し困惑ぎみに聞いた。「ああ、ハリウッドの人間は『セット』などと気取った言葉を使うが、実際は照明やカメラがどっさりある古くて大きな倉庫さ」
尿意を催したら最悪
ある意味、マグローの言葉はドラマの撮影現場のすべてを要約している。テレビ撮影というと聞こえは華やかだが、実際はきわめて地味で平凡だ。せりふ覚えの悪い俳優がいれば1話の撮影に数日かかるし、「テイク142!」の声がかかることもある(『フレンズ』でチャンドラ役を演じたマシュー・ペリーのように、話しながら必ずせりふを変える俳優がいるときもだ)。
撮影が始まると、その場にいるすべての人は音をいっさい立ててはならない。咳き込んだり、「ここに座ってもいいか」と聞くなんてもってのほかだ。そして撮影の合間には、誰も(俳優、監督、照明係、カメラマン、スターの髪形を気にし続けるメーク係)が狂ったように走り回る。
トイレに行きたいときは最悪だ。用を足したいかなんて気にかけてくれる人がいないのもそうだが、何よりもトイレは常に遠く離れた場所にある。スタジオ内のスペースは貴重だし、神聖な撮影現場に水を流す音が響き渡ったら大変だ。『フレンズ』の撮影ではトイレは遠くにあるカフェのセットの後ろに押し込められ、多くの撮影所でも外に出てトイレのあるトレーラーまで歩かなければならない。
トレーラーといえば、ほとんどのスターの控え室でもある。少なくとも彼らには専用のトイレがあるのだから悪くはないが、造りはショボいし、狭くてうるさい。俳優ジョン・グッドマンが出演していたホームコメディー『ノーマル・オハイオ』のセットを訪ねたとき、グッドマンはトレーラーの中を絶えず行ったり来たりしていて、そのたびにトレーラーがひっくり返りそうなくらい揺れた。
こうした控え室で俳優たちが生活していることを考えると、中にどんな物を置いているのかが気になるところ。彼らの寝室をのぞき見するようなものだ。
『フレンズ』でロス役を演じたデービッド・シュワイマーの控え室は、インテリアデザイナーが仕立てたような空間だった。高級な革張りの椅子が並び、落ち着いた青とチョコレートブラウンの壁紙。ドラマで演じているまぬけ役と本当の自分を混同しないでほしい、と主張しているかのようだ。