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無敵のスパイ007の新たな試練

半世紀にわたって悪と戦うジェームズ・ボンド、最新作『慰めの報酬』の弱点

2009年4月7日(火)16時54分
デービッド・アンセン(映画担当)

 女王陛下のスパイ、ジェームズ・ボンドが初めてスクリーンに登場したのは半世紀近く前。007ことボンドは以来、番外編『ネバーセイ・ネバーアゲイン』を含めて23作もの作品で悪と戦ってきた。『007』こそ映画史上、最も長期にわたって最も成功したシリーズだ。

 それぞれの作品の出来を意地悪く批評するのはやぼと言うもの。傑作『ゴールドフィンガー』の次がぱっとしない『サンダーボール作戦』だったことも、やけにSFチックな『ムーンレイカー』にがっかりさせられたことも今となってはいい思い出だ。

 昔からの『007』ファンにとって、新作の封切り日は誕生日と同じ。毎年のように訪れるその日を指折り数えて待ったものだ。年を取るにつれて期待と興奮は薄れても、今度はわが子が粋なスパイの活躍に胸を躍らせる姿を見る喜びがあった。

  62年に公開された第1作『ドクター・ノオ』は実に斬新な作品だった。当時は冷戦の真っただ中。スタイリッシュでセクシーなジョン・F・ケネディ大統領が政治に新風を吹き込んだ時代だ。流行の発信地ロンドンに憧れていたアメリカ人にとって、世界を飛び回るおしゃれなイギリス人スパイは、男たちの夢と女たちの性的幻想、都会の香りと男くささを体現した完璧なヒーローだった。

 だがやがて映画館にヒーローものがあふれるようになる。CG技術の進歩のおかげで、カネさえあれば誰でもスリル満点の映画を作れるようになった。宙づりシーンではらはらさせてくれるのはボンドだけではなくなった。

 窮地に陥った『007』製作陣はやけになった。透明になるボンドカーまで登場する始末で、安っぽいSF映画すれすれになってしまった。イアン・フレミングの原作とは程遠い世界だ。

奇抜さとリアリズムの間

 5代目ボンド、ピアース・ブロスナン時代の作品も『007』の「栄光」に傷をつけた。映画にも「政治的公正」が求められるようになり、殺しのライセンスを持つ女たらしのヒーローはすっかり時代遅れに。自虐的な作風で脱皮を図ったものの成功したとは言いがたかった。

 そこに登場したのが6代目ボンドのダニエル・クレイグだ。『カジノ・ロワイヤル』はシリーズに新風を吹き込み、秘密兵器で武装した色男の荒唐無稽な映画を緊迫したドラマに変えた。

 その象徴ともいえるのがモンテネグロのカジノでのシーン。クレイグはマティーニをステアするかシェークするかと聞かれるが、昔のボンドなら死活問題だったはずのその問いを「そんなことはどうでもいい」と切り返す。

 007シリーズはおとぎ話とリアリズムの間を揺れ動いてきた。奇抜な方向へ突っ走ったかと思うと、地に足が着いた非情なスパイが現れる。麻のスーツをまとった軽快なロジャー・ムーアのボンドがマンネリ化した後には、暗めのティモシー・ダルトンが現れて心理劇を展開した。

 ボンドのすべてを兼ね備えていたのが初代のショーン・コネリーだ。コネリーはワインの銘柄にこだわり、しゃれたせりふを口にする一方で、サメだらけの海に敵を投げ込む残酷なスパイを見事に演じてみせた。

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