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「伝説の事件記者」が保育を学ぶ短大生に...大先輩は新宿の保育園長

2024年12月19日(木)11時30分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

歴史ある短期大学の保育学科

入学式を終え、当方を含む保育学科の新入生約90人はオリエンテーション会場の教室に移動します。その教室は、当方より8歳だけ若い1966年にできた建物の5階にあります。エレベーターは1基しかありません。しかもコロナ禍のさなかで、感染拡大防止のため乗る人数が3人までに制限されている。

順番を待っていてはオリエンテーションの開始時刻に間に合わない。よし、階段で行こう。
頑健なる63歳の心身を若い衆に見せつける好機だ。

2段飛ばしで駆け上がり始めましたが、3階に達したところで息が上がり、ふくらはぎと腰に痛みが生じて進めなくなりました。階段の手すりにもたれかかって小休止する当方を、若者が憐憫(れんびん)の笑みを浮かべながら次々と抜かしていきます。ふう。

当方が入学したのは北九州市にある私立東筑紫(ひがしちくし)短期大学の保育学科です。JR小倉駅からタクシーで約10分、走れば20分、歩けば50分ほどの場所にあります。大きな県道沿いにあって交通の便はよいのですが、近くに喫茶店は少なく古書店や雀荘もない。学生街の趣はありません。

運営する学校法人の資料によると、昭和11(1936)年創立の洋裁女学院を起源とし、短大は昭和25(1950)年にできました。この学校法人は、短大のほかに4年制大学、高校と中学校、認定こども園も運営しています。すべての在籍者は約2800人(2024年5月現在)です。

保育学科の前身、保育科は昭和29(1954)年に設置されました。保育科の歴史は九州で最も古いとされ、卒業生は1万3千人を超えます。保育や幼児教育の現場で働く人材の養成拠点として一定の評価を得ているようです。

眠らない街、新宿の保育園

日本で初めて24時間保育を始めたことで知られる「エイビイシイ保育園」(東京・新宿)の園長、片野清美さんも卒業生です。

保育園のホームページや片野さんの著書『「ABC」は眠らない街の保育園』(広葉書林、1997年)によると、片野さんは東筑紫短大を卒業後、地元の保育所で保育士として働き、32歳で上京。1983年に新宿の職安通りに面したビルで、前身の「ABC乳児保育園」を開きました。以来、深夜・未明まで働く保護者のため、子どものための活動を続けておられます。尊敬します。

新聞記者時代、この界隈をよく歩きました。近くにはアジア最大といわれる歓楽街の歌舞伎町があり、事件が頻発していたからです。異なる出身地の中国人同士が青龍刀(せいりゅうとう)や拳銃を使って抗争を繰り広げる。喫茶店内で外国人が日本の暴力団組員を撃ち殺す。違法薬物や売春も横行していました。

ある事件の取材で、とある国から出稼ぎに来て、この辺りで夜通し働く女性に話を聞いたことがあります。乳飲み子を抱えて途方に暮れていたが、片野さんの保育所に預かってもらって救われた、と。片野さんは2013年に「吉川英治文化賞」、2020年に「野口幽香(ゆか)賞」を受けました。

野口幽香さん(1866〜1950)のことは短大の講義で学びました。日本の保育・幼児教育の先駆者です。明治33(1900)年に、貧しく、放置された子どもたちのための保育施設「二葉幼稚園」をつくりました。日本初の保育所とされています。

賞の主催者は片野さんに賞を授けた理由を「片野清美氏とその働きを支えている方々の活動は、野口幽香の精神に通じるものがある」と説明しています。機会があれば片野さんに会って、じっくりお話を聞かせていただきたいと願う当方です。

◇ ◇ ◇


著者本人が朗読してみた!|『事件記者、保育士になる』緒方健二著/YouTube

米田壮推薦文POP


緒方健二(おがた・けんじ)

1958年大分県生まれ。同志社大学文学部卒業、1982年毎日新聞社入社。1988年朝日新聞社入社。西部本社社会部で福岡県警捜査2課(贈収賄、詐欺)・捜査4課(暴力団)担当、東京本社社会部で警視庁警備・公安(過激派、右翼、外事事件、テロ)担当、捜査1課(殺人、誘拐、ハイジャック、立てこもりなど)担当。捜査1課担当時代に地下鉄サリンなど一連のオウム真理教事件、警察庁長官銃撃事件を取材。国税担当の後、警視庁サブキャップ、キャップ(社会部次長)5年、事件担当デスク、警察・事件担当編集委員10年、前橋総局長、組織暴力専門記者。

2021年朝日新聞社退社。2022年4月短期大学保育学科入学、2024年3月卒業。保育士資格、幼稚園教諭免許、こども音楽療育士資格を取得。得意な手遊び歌は「はじまるよ」、好きな童謡は「蛙の夜まわり」、「あめふりくまのこ」。愛唱する子守歌は「浪曲子守唄」。

朝日カルチャーセンターで事件・犯罪講座の講師を務めながら、取材と執筆、講演活動を続けています。「子どもの最善の利益」実現のために何ができるかを模索中です。

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