一企業・一業界の「特殊な経験」だけの人に、社会人教授は難しい
平成不況が長引く中で、サラリーマンの職場環境は従来の終身雇用型から能力中心型へ転換しつつあり、経営管理型のサラリーマンが重視されるようになっているのが現状である。
こうした職場環境の変化の中で、サラリーマンの大学院進学率(社会人大学院、専門職大学院等)は年々増加している。このことは、サラリーマンとしての高度な職業能力を大学院で習得するだけではなく、機会があれば社会人経験を生かして大学教員へと転身を図っていくことを考えている人が多いことを示している。
このような社会人大学院から出現してくる社会人教授は果たして、「ネオ・アカデミクス」たりえるのであろうか。
繰り返しとなるが、大学設置基準が定める「教授の資格」では博士号の取得が任意条件の1つに過ぎない一方で、同じく任意条件として「専攻分野について、特に優れた知識及び経験を有すると認められる者」と定められている。
社会人経験に基づく知識や実績を安易に「優れた知識、能力及び実績」と解釈することは社会人教授の粗製濫造を招きかねない。そのためにも大学教授の資格には客観的な評価基準が必要であり、特に博士号の取得は必須条件であるべきなのである。
しかし、わが国においては博士号が大学教授の法的な必須条件ではない以上、大学教授となる人材の「優れた知識、能力及び実績」を客観的に図る別の手段が必要であろう。
その1つとして挙げられるのが、学術的な論文や著作の本数である。
学術論文の量は、その学会においてどれだけ評価されているかを定量的に判断することが可能である。また、学術的な著作の出版は、その大学教授が社会的に価値のある研究を行い、著作を通じて研究活動が評価されていると判断する基準となりうるのである。
社会人が豊富な社会人経験と学問的知見(大学教授としての教育経験と研究成果)を得るための具体的な方法と戦略については、筆者の新刊『講座 社会人教授入門――方法と戦略』(ミネルヴァ書房、2019年2月)を参考にしていただきたい。すでに述べたように、豊富な社会人経験と十分な学問的成果をもった、優れた社会人教授が増えることによって、真の実学教育が可能となるのである。
[引用・参考文献][五十音順]
1)天野郁夫(2009)、『大学の誕生(上)』中央公論新社。
2)朝日新聞 2018年10月5日号
3)マーチン・トロウ(1975=1976)、[邦訳]天野郁夫 喜多村和之訳,『高学歴社会の大学』東京大学出版会。
4)毎日新聞(2012年5月2日朝刊)「東京女学館大が閉校へ」。
5)松野弘(2019)『講座 社会人教授入門』ミネルヴァ書房。
6)松野弘(2017)「大学教員の資質について」『大学マネジメント 6月号』大学マネジメント研究会。
7)松野弘(2010)、『大学教授の資格』NTT出版。
8)松野弘(2014)、『サラリーマンのための大学教授の資格』、VNC。
9)松野弘(2019)、『講座 社会人教授入門』、ミネルヴァ書房。
10)文部省高等教育局企画課内高等教育研究会(1998)、『大学審議会答申・報告総覧』株式会社ぎょうせい。
11)文部科学省『明治6年以降教育累計数統計』。
12)文部科学省『学校基本調査報告書』各年度。
13)文部科学省『平成23年度学校基本調査概要』。
14)文部科学省『平成23年度学校基本調査(確定値)について(報道発表資料)』。
15)文部省(1991)『大学設置基準の一部を改正する省令の施行等について』
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t19910624001/t19910624001.html
16)読売新聞2018年5月28日号
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『講座 社会人教授入門――方法と戦略』
松野 弘 著
ミネルヴァ書房
[筆者]
松野 弘
博士(人間科学)。千葉大学客員教授。早稲田大学スポーツビジネス研究所・スポーツCSR研究会会長。大学未来総合研究所所長、現代社会総合研究所所長。日本大学文理学部教授、大学院総合社会情報研究科教授、千葉大学大学院人文社会科学研究科教授、千葉商科大学人間社会学部教授を歴任。『「企業と社会」論とは何か』『講座 社会人教授入門』『現代環境思想論』(以上、ミネルヴァ書房)、『大学教授の資格』(NTT出版)、『環境思想とは何か』(ちくま新書)、『大学生のための知的勉強術』(講談社現代新書)など著作多数。
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