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科学に頼らない「不安との付き合い方」を説く元エクストリームスキーヤー

2018年11月9日(金)17時05分
高崎拓哉 ※編集・企画:トランネット

過度の不安で心をすり減らし追い詰められた経験から

本書は、うつ病や副腎疲労といった病に苦しむ人のための本であると同時に、常にストレスを抱えながら生きている、現代人全般のための作品でもある。不安という誰もが持っているものを対象に、不安を感じる原因、その問題への対処法、さらには不安を弱点ではなく武器に変える方法を、脳科学の知見などに頼らず、わかりやすく、順序よく解説する。

ややもすると抽象的になりがちなテーマに、確かな土台を与えているのが著者の優しくも力強い語り口だ。エクストリームスキーヤーとして活躍し、その代償として過度の不安で心をすり減らし、精神的に追い詰められることを自ら経験してきた彼女は、同じ苦しみを抱える人を助けたいという心からの願いを抱いていて、それが文章からもはっきり伝わってくる。

同時にそこには、元一流スポーツ選手ならではのパワーとエネルギーがあふれていて、それが主張の説得力を高めている。折に触れて挿入される現役時代のエピソードも、そうした印象をうまく補強している。

印象的なセンテンスを対訳で読む

以下は『不安を自信に変える授業』の原書と邦訳から。印象的なセンテンスをピックアップし、対訳形式で紹介しよう。

●If you have a problem embracing life as it is-- which is a life that includes Fear-- then you have a problem embracing yourself. Basically, if you don't like Fear, you don't like yourself.
(人生には不安がつきものです。人生のあるがままを受け入れられなければ、自分自身を認めるのも難しくなり、不安が嫌いなら自分も嫌いになってしまいます)

――著者ウルマーの主張の核となる部分。不安に対する抵抗こそがすべての元凶だという考えだ。

●Witness a single voice, notice your cognitive needs to understand it, and drop yourself just as you would drop a pen, and jump as you would from one train track to the other. In an instant, shift out of your current self and become this voice, without trying to understand.
(「声」に注目することで、それを理解したいという自分の思いに気づくことができます。そうして、エゴという殻を脱ぎ落すのです。その瞬間、あなたは「いまの自分」からシフトして、理解しようとせず、その「声」そのものになります)

――ウルマーは禅や瞑想を通じて自分の苦しみの要因を知ったという。そのためか、著者の主張には東洋的な思想の影響がのぞける。自分の体を依り代にして、そこに感情という社員を降ろし、実体を与えて声を聴くというテクニックは、その一例と言える。

●In my unconscious mind, Anger at my father translated into Anger at men in general, wanting to show them that I was better than them. This was bad for relationships , sure, but fantastic for skiing, which is a male- dominated world. Subsequently I couldn't care less about other women skiers or what they were doing. My standard were what the men were doing. I wanted to kick their butts, which is why I got so good.
(私は無意識に、父親への怒りを男性全般への怒りに変え、自分のほうが上だと証明したいと思いました。スキーは男社会だから、その思いは人間関係を築くには何かと邪魔でしたが、滑るには最高のモチベーションになりました。ほかの女性スキーヤーや彼女たちの滑りはだんだん眼中になくなっていきました。基準は男性で、男に目にもの見せてやりたいと思っていました。あれだけ滑れたのはそれが理由です)

――著者の体験談には、彼女のパワフルさや激しい一面があらわれていて、それが文章にもにじみ出している。

◇ ◇ ◇

不安や怒りを活用する、あるいはありのままの自分を受け入れることは、多くの人が頭では必要だとわかっていながら、なかなか実践できていない部分だ。本書は「声になる」という手法を通じて、それをやり遂げようと呼びかける。

著者が言うように、多くの人がネガティブな感情との正しい付き合い方を身につけることができれば、人類は一段高いレベルへと上がっていけるかもしれない。


『不安を自信に変える授業』
 クリステン・ウルマー 著
 高崎拓哉 訳
 ディスカヴァー・トゥエンティワン

トランネット
出版翻訳専門の翻訳会社。2000年設立。年間150~200タイトルの書籍を翻訳する。多くの国内出版社の協力のもと、翻訳者に広く出版翻訳のチャンスを提供するための出版翻訳オーディションを開催。出版社・編集者には、海外出版社・エージェントとのネットワークを活かした翻訳出版企画、および実力ある翻訳者を紹介する。近年は日本の書籍を海外で出版するためのサポートサービスにも力を入れている。
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