朝日新聞名文記者が「いい文章」を書きたい新人に最初に必ず教えること【ベストセラー文章術】
書くとは「自分だけの」言葉で描き出そうとする試みだ
今日の、この海が、どう美しいのか。別の日、別の場所の海と、どう違うのか。そこを、自分だけの言葉で描き出すのが、文章を書くことの最初であり、最後です。
自分が感じた美しさを、読者にも分かってもらいたい。伝えたい。だから書く。ところが多くの場合、読者だけではなく、自分にもその「美しさ」は、分かっていないんです。見えていないんです。
「美しい」と、なんとなく感じているだけで、それを「鏡のように静かな海」とか「抜けるような青い空」「燃えるような紅葉」「甘いメロディー」「エッジの立ったギター」と常套句で、他人の表現・他人の頭で代用して書いているだけなんです。
なぜこの海が、この旋律だけが美しいのか。「このわたし」の胸に迫ってくるのか。慰め、励ますのか。その切実が、言葉に結晶していない。
「言葉にできない美しさ」とは、伝える努力の放棄、「逃げ」である
「言葉にできない美しさ」と、よく人はいいますが、それは言葉にできないのではない。考えていない。もっといえば、当の美しさを、ほんとうには感じてさえいないからなんです。
先人たちが紡いできた、それなりに豊かな言語世界でも、自分のいまの感じを十全に表現できない。ここではないどこかを目指す。そういう、ほとんど負けることがわかっている戦いに身を投じる必然性のある「困った人たち」に開かれた荒野が言葉であり、わざわざ文章を書くというのは、その荒れ野に、われとわが身とを差し出すということなんです。
ずいぶん大きな話になりましたが、さて、自分が塾生たちに酔ってわめいたらしいこの標語、「常套句は親のかたき」が、そもそも常套句なのではないでしょうか? 常套句を使って常套句を戒めるという、たいへんまぬけな話になっているのかも知れません。
近藤康太郎(こんどう・こうたろう)
作家/評論家/百姓/猟師。1963年、東京・渋谷生まれ。1987年、朝日新聞社入社。川崎支局、学芸部、AERA編集部、ニューヨーク支局を経て、九州へ。新聞紙面では、コラム「多事奏論」、地方での米作りや狩猟体験を通じて資本主義や現代社会までを考察する連載「アロハで猟師してみました」を担当する。
著書に『ワーク・イズ・ライフ 宇宙一チャラい仕事論』、『三行で撃つ〈善く、生きる〉ための文章塾』、『百冊で耕す〈自由に、なる〉ための読書術』(CCCメディアハウス)、『アロハで田植え、はじめました』、『アロハで猟師、はじめました』(河出書房新社)、『朝日新聞記者が書けなかったアメリカの大汚点』、『朝日新聞記者が書いたアメリカ人「アホ・マヌケ」論』、『アメリカが知らないアメリカ 世界帝国を動かす深奥部の力』(講談社)、『リアルロック 日本語ROCK小事典』(三一書房)、『成長のない社会で、わたしたちはいかに生きていくべきなのか』(水野和夫氏との共著、徳間書店)他がある。
『三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾』
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