「発酵温浴」の品質を追求した末に生まれた、人も山林も「美しく」する循環型ビジネス
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首都圏を中心に「発酵温浴nifu」を展開する株式会社テーブルカンパニー代表取締役の片山裕介氏(撮影:殿村誠士)
<農山漁村発のイノベーションを推進させるために、農林水産省が手掛ける起業支援プラットフォームのINACOME(イナカム)。この度、「農山漁村発イノベーション INACOMEビジネスコンテスト2023」が開催され、最優秀賞に奈良県吉野産のヒノキを使った酵素風呂の温浴サービスを提供する「発酵温浴nifu」が選ばれた。地方経済の活性化を促す新たなビジネスモデルとして期待が寄せられている>
おがくずが発酵する時の熱を利用した人気の温浴法
女性専用の温浴施設として人気を集める「発酵温浴nifu」で楽しめるのは、ヒノキのおがくずや葉に米ぬかを混ぜた独自配合のパウダーが、自然発酵する際に生み出される「熱」を利用した温浴法。このパウダーで満たされた浴槽に体をうずめることで、短時間で体が深部から温まり、血行が良くなるため、代謝や免疫力がアップして美容や健康に関するさまざまな効果が期待できるという。
酵素風呂という温浴サービス自体は50年以上前から存在するが、日本での市場規模は決して大きくはなかった。そこで、酵素風呂の質やサービス内容をブラッシュアップし、発酵温浴という名で2013年にnifuの運営を開始したのが、株式会社テーブルカンパニーの代表取締役である片山裕介氏だ。
「事業を始めた11年前、全国にある酵素風呂の数は200店舗くらいで増えたり減ったりするニッチなビジネスモデルだった。その理由のひとつは、オーナーには酵素風呂の良さを広めたいというボランティア精神にあふれた人が多く、採算を考えない安価な価格設定をしていたことだった。そのため品質を向上させることもできず、業界自体が活性化されなかった」と片山氏は言う。
片山氏がINACOMEビジネスコンテストに興味を持ったきっかけも、業界のそうした状況の中で「酵素風呂という温浴があることを世間に知ってほしい思いがあった」ことだったという。
吉野で目にした林地残材や施業放置林の問題の厳しい現実
片山氏が手掛ける発酵温浴の特徴は、間伐された後に山に放置された林地残材と呼ばれるヒノキや、間伐すらされていない施業放置林のヒノキのおがくず使っていることだ。こうしたヒノキには精油成分がしっかり残っているため、森林浴をした時のようなリラクゼーション効果が得られるという。
「ヒノキの丸太を切ったときに出る挽き粉に加え、枝葉や樹皮も活用している。木の外側にはより強い発酵を促してくれる微生物が大量に住んでいて、それだけ美容や健康にもいい。最初、ヒノキの産地として知られる吉野に行って林業や製材所の人たちを訪れたときには、理想とするおがくずにはなかなか出会えず、定期的に吉野に通い地元の人たちと交流を深めた」
片山氏が林地残材などに目を付けたのは、それが発酵温浴にとっては最適の条件を持つ木材だったからだ。だがその過程では、林地残材や施業放置林の問題の厳しい現実を目にすることになった。林地残材が山の中のいたるところにあると山全体が荒廃し、土砂災害などの原因にもなる。それでも間伐材が放置される理由は、コストをかけて山から運搬して資材として市場に出しても割に合わない安い価格でしか取引されないためだという。
林業や製材業の衰退を目の当たりにした片山氏は、地元の林業家と協力して林地残材などを運び出し、有効活用することを実践していく。そして2022年、閉鎖予定だった製材所を買い取り、理想とするヒノキのおがくずを生産することが可能になった。
現在、片山氏は産地とのつながりを深め、より高品質な発酵温浴を提供するため、東京と奈良県吉野の2拠点で生活している。吉野では自ら山へ入ってヒノキを運び出し、おがくずに加工している。
それだけ事業に真摯に向き合い、その核となるおがくずにこだわっているということだが、それと同時に片山氏が理想のおがくずを手にする一方で、吉野の山では施業放置林や林地残材といった課題を解決する一助にもなっている。そのサイクルを支えるのは、nifuで提供される発酵温浴が高品質であることと、それに見合った対価を得て適切なビジネスとして実現させることだ。