最新記事
ジャニーズ

今、ジャニーズを切るより企業がすべきこと...必要なのは懲罰ではなく「影響力の行使」

How Businesses Can Seek Justice

2023年9月26日(火)18時00分
石戸 諭(ノンフィクションライター)

正義や善意で解決しない

契約の終了でかえって監視の目が届かなくなることで問題が温存されたり、タレントたちの働く場を奪って生活基盤が脅かされたりするという新たな人権問題が生じるリスクがある。それを避けるのが「ビジネスと人権」アプローチだ。一連の対応を見る限り、一見すると穏健なP&Gの対応が最も国連の指導原則にのっとっているといえそうだ。

興味深いのは当事者の会もまた懲罰的な契約終了、個別の番組出演やドラマや映画への出演の取りやめを求めていないことだ。彼らや社会にとって望ましいのは「エンタメ業界全体での再発防止」に向けて動き出すことにある。

ジャニーズ事務所単体の再発防止策はさほど難しいものではないだろう。喜多川のような人物が再び現れる可能性はゼロではないが、性加害が起きた原因と隠蔽体質は調査報告で指摘されており、体制変更の基本的路線は調査委が敷いている。彼らに必要なのは早急に補償や被害者へのメンタルケアの具体策、通報窓口の設置、新たな経営体制と人権指針を示すことに尽きる。

いま最も改善が必要なのはスポンサー以上に「ジャニーズ事務所と距離が近く問題を知り得る立場にあった大手広告代理店、メディア企業だ」(蔵元)。メディアは「これまで報道が足りなかった反省」を重視しがちだが再発防止は正義感や善意任せではできない。蔵元は「代理店もメディアも一企業としてできることはある」と強調する。

例えばエンタメ業界で起きるハラスメントをなくすため、起用するタレントや役者からの相談や通報を受け付ける独立した窓口を設置する、法人として人権についてより踏み込んだ文書の発表、個人・所属事務所を含め人権問題に抵触する可能性があった場合は改善が見られるまで出演を打ち切ることを明記した新たな契約書を出演前に交わす──。ジャニーズに限らず他の芸能事務所とも対話を重ね、蔵元が指摘するような具体策を制度化して初めて「再発防止」という一歩が踏み出せる。

この先「芸能界は特別だから......」という言い訳は通用しない。取引を打ち切れば解決する単純な問題ではない以上、広い意味で性加害、ハラスメントをなくすために何ができるのかが問われている。各社が影響力を行使し、動くタイミングは今しかない。

20250225issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月25日号(2月18日発売)は「ウクライナが停戦する日」特集。プーチンとゼレンスキーがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争は本当に終わるのか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中