子供たちが登下校に限らず危険な「地方の限界分譲地」 駅チカより地価が10倍以上の人気エリアとは
近年では、売主個人が発信できるウェブサイトで分譲地が売りに出されている。その中には、長年所有していたが、若い世代の方のために格安でお譲りしたい、と書かれたものもあった。だが、実際にはその売地は格安でもなければ、若い世代が欲しがる立地でもなかったりする。
こうした浮世離れした売地の広告を見るたびに、筆者はやりきれない思いに囚われてしまう。限界分譲地の地主の方々も、別に悪意を持って不当に高い価格で金銭を巻き上げようと企んでいるわけでもなく、おそらく葛藤や妥協の末に価格を決めたのだろう。
しかし、都市部と限界分譲地の地価は、もはやそんなギャップをカバーできないほど差が開いている。地主の多くが「安値」と考える価格の多くは、実は安値でも何でもない。条件の悪い土地は、価格がつくかどうかすら怪しい。
このどうにもならない認識の断絶こそまさに、旧分譲地の流通や再利用、集約化を阻んでいるのだと思う。
絶望的な供給過剰が続いている
限界分譲地には、すでに地主が売却を諦めているのか、草刈りなどの管理が一切なされず、売り物件として市場に出ない放棄区画も数多い。その是非は別として、土地の資産価値に対する認識としては、むしろ諦めて放置する地主の方が、ある意味では事態を冷静かつ的確に捉えているのではないかという気もしてくる。
住宅用地としての需要がすでに完全に失われているとなれば、残るは菜園用地や物置といった住宅の補助施設の用途や、別荘といった完全に道楽用途しかない。いずれも生活上必ずしも必要になるものとはいえず、大きな需要を呼び起こせるものではない。
成田空港周辺では数千区画におよぶ売地が今も市場に放出されている。これはもう絶望的なまでの過剰供給なのである。その現状を、未だに理解していない地主が多い。
個人が自分の資金で購入した私有地なのだから、あまり他者がとやかく口を挟む話でもないのかもしれないが、今後も誰も買わない価格で売りに出し続けても意味がない。売り手にとっても地域社会にとっても、もはや事態は何も改善しない以上、いつまでも自己責任の話として蓋をしていられる状況ではなくなっている。
吉川祐介
ブロガー
1981年静岡市生まれ。千葉県横芝光町在住。「URBANSPRAWL -限界ニュータウン探訪記-」管理人。「楽待不動産投資新聞」にコラムを連載中。9月に初の著書『限界ニュータウン 荒廃する超郊外分譲地』(太郎次郎社エディタス)を出版。