最新記事

世界経済

円安だけじゃない、「超ドル高」が世界経済に及ぼす5つのリスク

A RESPONSE TO TROUBLED TIMES

2022年10月4日(火)16時00分
アレクサンダー・ツィアマリス、ユアン・ワン(共に英シェフィールド・ハラム大学の経済学上級講師)
超ドル高イメージ

ILLUSTRATION BY CISALE/ISTOCK

<混沌の時代に世界の投資マネーが一極集中、20年ぶりの高水準で影響は世界に波及する>

この1年で世界の主要通貨に対するドルの価値は急上昇。7月には対英ポンドで15%、対ユーロ16%、対円23%上昇し20年ぶりの高水準となった。ドルは世界の準備通貨で、ほとんどの国際取引で使われる。そのためドルの価値の変化は世界経済全体に影響する。主な影響は5つある。

1. さらなるインフレ

石油や金属・木材などほとんどの商品はたいていドルで取引される(例外もあるが)。ドル高になれば現地通貨では値上がりする。例えば英ポンドの場合、100ドル相当の石油の価格は1年前の72ポンドから84ポンドに。石油価格そのものも急上昇しているためダブルパンチだ。

エネルギーと原材料が値上がりすれば多くの製品も値上がりし、世界各地でインフレを招く。唯一の例外はアメリカで、ドル高で消費者向けの輸入品が安くなり、インフレ抑制効果が期待できる。

2. 低所得国に打撃

ほとんどの途上国の債務はドル建てなので債務額が1年前に比べてはるかに増加。その結果、多くの国が債務返済に充てる自国通貨の確保に苦労するはずだ。

そうした国は国内で増税するか、インフレを招く恐れもある通貨発行に踏み切るか、債務を増やす羽目になるだろう。その結果は深刻な景気後退、超インフレ、債務危機、あるいはその全てかもしれない。途上国が債務危機に陥れば回復に数年から数十年を要する可能性があり、国民はひどく困窮する恐れがある。

3. アメリカの貿易赤字の拡大

諸外国ではドル高の影響でアメリカ製品の売れ行きが落ちることも予想される。アメリカの貿易赤字(輸出額と輸入額の差)は既に年間1兆ドル近くに膨れ上がっている。ジョー・バイデン大統領もドナルド・トランプ前大統領も、特に対中貿易赤字の削減を約束した。専門家からは、貿易赤字はアメリカの債務を増やし、多くの製造業の雇用が国外に流出している現状を反映していると懸念する声も上がっている。

4. 脱グローバル化の深刻化

貿易赤字拡大を防止する最も顕著な経済政策は、関税や輸入割当などの障壁を設ける昔ながらの手法だ。そうした保護主義への報復措置として、諸外国はアメリカ製品に対する追加関税などの障壁を設けがちだ。ロシアや中国との関係悪化で「脱グローバル化」が始まっているだけに、ドル高は保護主義の政治的機運を促進し、グローバル貿易を脅かす。

5. ユーロ圏をめぐる懸念

ポルトガル、アイルランド、ギリシャ、キプロスなど財政基盤の弱いEU加盟国は、投資家が借り入れコストを危険水準にまで押し上げていたユーロ危機当時の深刻な状況よりはかなりマシになった。現在はこれらの国の債務の大半が、これらの国を支援するべく設立された欧州安定化メカニズム(ESM)やユーロ圏の好意的な投資銀行の管理下にあるからだ。

しかしドル高によって、ECB(欧州中央銀行)に対し、ユーロの価値を上昇させてエネルギーなど輸入品の価格を抑制することを迫る利上げ圧力が生じている。これにより、多額の債務を抱えるユーロ加盟国への圧力は増すだろう。例えばイタリアの場合、経済は世界第9位で公的債務残高の対GDP比は約150%、状況が手に負えなくなれば特に救済が困難になるだろう。

以上5つを総括すると、超ドル高は今後のグローバルな景気後退の懸念要因になる。さらなるインフレは消費者所得を目減りさせて消費を減少させる。保護主義は国際貿易と投資の減少につながりかねない。債務危機は多くの途上国はもとより、ひょっとするとユーロ圏にも深刻な結果をもたらす可能性がある。

ドル高は進むのか

ドル高が進む理由には経済的側面と地政学的側面の両方がある。アメリカの中央銀行に当たるFRBは利上げを断行すると同時に、これまでの量的緩和による信用創造政策から量的引き締めに転じている。コロナ禍での物流停滞による供給制限やウクライナでの戦争や量的緩和が招くインフレの抑制を狙ってのことだ。

現在、米金融機関に預けるとドルのほうが利回りがいいので、外国投資家は自国通貨を売りドルを買う。

イギリスなどの中央銀行も利上げを実施、ユーロ圏も利上げを決定したが、アメリカほど積極的ではない。一方、日本は金融引き締めを全く実施していない。その結果アメリカ以外ではドルの需要は今も高い。

急激なドル高のもう一つの理由は、世界的景気後退が懸念される際にドルが典型的な資金逃避先だからで、現在の地政学的状況がそれに拍車を掛けている。

ユーロはウクライナ危機、ロシアのエネルギーショックに対するエクスポージャー(特定のリスクにさらされている資産の割合)の高さ、新たなユーロ危機の懸念が影響し、7月には20年ぶりに1ドル=1ユーロのパリティ(等価)を割り込んだ。

英ポンドはブレグジット(英EU離脱)の打撃を受け、スコットランド独立の是非を問う2度目の住民投票や北アイルランド議定書をめぐるEUとの貿易紛争の可能性にも直面している。

最後に日本円だが、日本は経済力が低下、高齢化が進む一方で生産力を押し上げる外国人労働者の受け入れには及び腰だ。円安は日本が国債の低金利を維持するために量的緩和を続けるツケでもある。

世界経済は不確定要素だらけで今後のドルの動向は予測困難だ。それでも根強いインフレによって米金利は引き続き上昇し、戦争と政府のデフォルト(債務不履行)という地政学的打撃もあって、恐らくドル高は続くのではないか。強いドルは混沌の時代への反応なのだ。

The Conversation

Alexander Tziamalis, Senior Lecturer in Economics, Sheffield Hallam University and Yuan Wang, Seinor Lecturer in Economics, Sheffield Hallam University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

20250121issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月21日号(1月15日発売)は「トランプ新政権ガイド」特集。1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響を読む


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中