最新記事

日本社会

日本の郊外にあふれる「タダ同然の住宅地」 無責任な開発が生んだ「限界分譲地」問題とは

2022年8月15日(月)16時30分
吉川祐介(ブロガー) *PRESIDENT Onlineからの転載

畑の真ん中に分譲地が作られたワケ

投機型分譲地の広告

【図版1】1972年7月13日付読売新聞に掲載されていた現在の千葉県富里市に残る投機型分譲地の広告(左) 筆者提供

図版1は、1972年7月13日付の読売新聞に掲載された「千葉 第2洋光台分譲地」(千葉県旧印旛郡富里村、現・富里市)の住宅分譲地の広告である。右側には、同じく当時ピークを迎えていた、同一の会社による群馬県の分譲別荘地の広告も見える。

全面広告で、当時の一般的な不動産の新聞紙面広告と比較しても大きい。この物件は、70年代の千葉県北東部で典型的に見られたミニ開発の分譲地である。

一見すればごく普通の不動産広告だが、よく読むと、今日の感覚では少々奇妙な印象を受ける。

分譲価格や資金計画における優位性を謳う一方で、住宅地の情報として本来必須であるはずの、周辺環境や近隣施設への言及がまったくない。住宅建築に関する提案もなく、ただ土地の分譲のみに特化し、生活感に欠けている。

実際、この分譲地は最寄り駅である総武本線八街駅からも決して近くなく、分譲地の周辺は今も広大な農地が残された畑作地帯だ。

分譲地と周辺の広大な畑作地帯

広告の分譲地周辺の模様。都市化と地価の上昇を見込んで分譲されたが、周囲は未だ広大な畑作地帯のままである。 筆者提供

生活利便施設に乏しい農村エリアなので、利便性の面で大きく宣伝できる要素があまりないのも事実だ。だがこの分譲地は、建前では住宅用地を謳っているものの、現実には売り手も買い手も直ちに住宅地として利用することを想定していない。

地価の値上がりを見込んだ財形貯蓄の手段としての、いわば投機商品だったのである。

人々が土地を買い漁った

開発ブームに沸いた高度成長期は、所有地を住宅団地やゴルフ場、レジャー施設などの開発用地として売却し、大金を手にする地主が続出した。

土地需要が高まり地価は上昇を続けた。多くの人が「土地所有こそが資産形成の最も堅実な手段」であると信じていた時代である。

そのため使う予定がなくても、人々は現金を土地に替えた。投機熱は住宅用地に及び、ついには投機目的に特化した分譲地まで登場する始末となった。

1970年代は、北海道などの僻地にある無価値な原野や山林を、あたかも資産価値の高い不動産であるかのように騙って分譲する「原野商法」が大きな社会問題になった。原野商法の土地も、まさに紛れもない投機型分譲地の一種であった。

前述の富里市の分譲地は今日でも住宅用地として利用されている。周辺は都市化とは無縁であり、分譲当時と大差はないであろう農村風景が今も残されたままだ。

広告に記載されている八街駅からのバス路線は廃止されて久しい。民間バス撤退後に走っていた市営のコミュニティーバスすらも廃止された交通空白地帯の中にある。

空き地は「売れ残り」ではない

分譲地付近の航空写真

1979年9月5日に撮影された、分譲地付近の航空写真(国土地理院地図・空中写真閲覧サービスより加工の上引用)。赤枠内が当該分譲地。分譲から7年後の撮影であるが、大半が更地で、住宅建築はほとんど進まなかった模様が確認できる。筆者提供

分譲地に一歩足を踏み入れて、最初に目につくのは空き地の多さだ。

季節は夏なので、どの空き地も猛烈に雑草が繁茂しているが、これは家屋が取り壊されて更地にしてあるのではない。大部分が分譲当初から今日まで一度も家屋が建てられることもなかった空き区画である。

この光景を見ると、立地が不便だから分譲はしたものの販売が振るわず、空き地のまま売れ残っているのだと考える方がいるかもしれないが、それは大きな誤解である。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 5
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中