最新記事

インドネシア、パーム油禁輸を解除へ 世界最大の生産国、内外からの圧力に決断か

2022年5月21日(土)12時28分
大塚智彦
「禁輸解除」を求めるデモを行うアブラヤシ農家

ジャカルタではアブラヤシ農家などが「禁輸解除」を政府に求めデモをする事態に。 REUTERS/Willy Kurniawan

<世界で農産物の価格高騰が続くなか、保護主義的な動きが裏目に......>

インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は5月19日、4月28日以来続けてきたパーム油の全面的輸出禁止措置を解除し、輸出を再開する方針を明らかにした。解除は23日としている。

世界最大のパーム油生産国インドネシアが4月に禁輸政策を発表して以来、輸入国の一つである日本は、食用油以外にも化粧品や石鹸、シャンプーなど用途が多いとされる「パーム原油(CPO)」に限った「禁輸解除」を非公式に求めてきたが、インドネシア政府は「聞く耳」をもたなかったという。

そもそも禁輸政策は、ロシアによるウクライナ侵攻で両国が産地のヒマワリ油が品薄となり、その影響でインドネシア産のパーム油が高値で取引され始め、当座の利益確保を狙うインドネシアのパーム油業者が国内消費分まで輸入に回し、国内のパーム油が品薄、価格高騰となったことに危機感を抱いた政府が禁輸に踏み切ったという経緯がある。

内外から沸き起こる反発

こうした「国民のための禁輸措置」だったにも関わらず、国内のパーム油の価格は上昇を続け、原料であるアブラヤシのパーム油業者よる買い付けが減少。パーム油農家、生産者は減収となり、生活に困窮する事態が起きた。

このため首都ジャカルタや地方都市でパーム油業界関係業者やアブラヤシ農家などによる「禁輸解除」を政府に求めるデモや集会が起きるような事態となっていた。

ジョコ・ウィドド大統領は食卓やレストランなどに不可欠のパーム油が1リットル1万7000ルピア(約120円)にまで高騰したことを受けて、1万4000ルピア(約100円)まで価格が戻れば「禁輸を解除する」としてきた。

ところが国内のパーム油価格は依然として高止まり状態にあり、国内や周辺国、輸入国などでは品薄感が拡大している。

今回の金融解除にあたりジョコ・ウィドド大統領は「パーム油の生産が拡大し、国内需要を賄える状況になってきたし、価格も安定方向にある」と解除の条件としてあげた要件が整ってきたことを主な理由であると強調している。

しかし世界第2位のパーム油生産国であるマレーシアが年末までにパーム油の輸出を30%増やす方針を明らかにし、インドネシアのパーム油の主要輸入国の一つであるインドが主要な輸入元をインドネシアからマレーシアに変更した。

こうした動きはこれまで国際市場で約60%を占めていたインドネシア産パーム油に変化が起きていることを示しており、インドネシア政府部内にも危機感が生まれていたという。

アブラヤシ農家の人々や消費者からの不満、主要輸入国からの要請、そしてマレーシアの動きで国際市場の構造が変化するかもしれないという懸念など、内外の圧力に押される形で今回の禁輸解除となったというのが真相とみられている。

インドネシアの主要メディアや経済評論家からは「禁輸措置は政府の拙速だった」「禁輸の与える内外への影響を事前に読めなかった結果」などと厳しい論調に変わってきており、今後の内外の世論の動向が注目されている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中