「このままでは世界と戦えない」 社員を博士課程に送り込む島津製作所、真の狙いは?
では会社が大学院に派遣して、新しい環境で最先端の研究に触れる機会をつくってはどうか。そう思いついたとき、真っ先に浮かんだのが以前から連携していた大阪大学だったという。もともと飯田さんは協働研究所の所長でもあり、大学の研究者やその研究テーマについてもよく知っていた。
大阪大学には、島津製作所がこれから伸ばしたいと考えている事業分野を研究している先生がたくさんいる。なのに、その先生たちと共同研究やディスカッションをする機会を得られるのは、かなり高いレベルの知識を持った社員だけ。まだそのレベルに達していない若手を送り込む仕組みをつくれば、高度人材育成や自社の発展に、引いては日本の科学技術発展につながるのでは──。
提案から実現まで1年を切るスピード
この考えを大阪大学に話したところ、大学側は大賛成。以前から技術者や研究者の育成に貢献したいと考えてはいたが、どう具現化すればいいか迷っていたというのだ。飯田さんが打診したのは2020年の夏、プロジェクトが実現したのは翌春。このスピード感を見れば、両者の思いがいかに合致していたかがよくわかる。
「成長したいと思ったらどんどん成長できる、学びたいと思ったらすぐ実現できる。そんな道筋を、意欲ある若手につくってあげたかったんです。今思えば、自分が学位を取りたいと考えたときに方法がわからなくて苦労したからかもしれないですね」(飯田さん)
加えて、事業の発展につなげるための仕組みもしっかりとつくられている。社員に学んでもらうのは、あくまでも島津製作所の事業戦略にのっとった分野。そのため、研究テーマは事業部をはじめ経営戦略室や技術推進部などが一緒になって検討し、その上で大学と相談して決めていくという。
派遣した社員に期待するのは、グローバルな共同研究の成果を事業や製品に反映し、社会に還元すること。同社としては、この一連の流れを通して企業理念である「科学技術で社会に貢献する」を実現したい考えだ。
記念すべき第1号
2021年4月からは、トライアルとして1名が大阪大学薬学研究科の博士課程に派遣されている。研究対象は、島津製作所が研究開発の重要テーマと位置づけている「核酸医薬品の分析」だ。
記念すべき第1号となったのは、入社3年目の林田桃香さん。理学部の修士課程を終えたのち同社に入社し、分析計測事業部の研究職に就いた。院生時代に博士課程へ進まなかったのは、「企業に入ることで、いま自分が持っている専門性と社会の実情を照らし合わせたかったから」と語る