最新記事

日本社会

「寮付き派遣」で働く27歳を待っていた地獄 ピンハネ、労災隠し、生活保護求めると無低に強制入居......

2021年3月22日(月)18時31分
藤田和恵(ジャーナリスト) *東洋経済オンラインからの転載
派遣労働者だったシュウゴさん

沖縄では県外に出稼ぎに行くことを「キセツに行く」という。労災隠しやコロナ切りに遭ったシュウゴさんは「キセツに行こうと決めたときは、いろんな夢もあったはずなのに……」と夕暮れ時の都心で独りたたずむ(筆者撮影)


現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本企画では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

慣れない仕事で腰が筋肉痛になったのかな――。最初はそう軽く考えていた。しかし痛みはひどくなる一方。あっという間に夜眠れなくなり、トイレに行くのにも苦労するようになった。

2年ほど前、愛知県にある大手自動車メーカー系列の工場の派遣労働者だったシュウゴさん(仮名、27歳)は椎間板ヘルニアを発症したときの様子をこう振り返る。

「バンパーの溶接部分をチェックする仕事でした。1日に500台、多いときで800台。(バンパーの)下部は腰を折り曲げて、左右の側面は腰をひねって確認します。働き始めて間もない職場で覚えることも多く、寮と工場の往復でしたから、仕事が原因としか思えなかったのに......」

「前例がない」と労災を認められなかった

痛みを訴えたシュウゴさんに対し、派遣先会社の上司らは備え付けの救急箱から湿布をくれた。ただ同時に「病院には、絶対に1人では行かないように」と強く念押しされたという。指示に従って上司と共に病院に行ったところ、医師からは椎間板ヘルニアと診断されたうえ、「仕事が原因と疑われます」と告げられた。

ところが数日後、派遣先会社からは労災は認められないと伝えられた。理由は「前例がないから」。これまでこの職場で腰を痛めた人はいない、というのだ。上司は追い打ちをかけるようにこう言った。「仕事以外のところで、自分の不注意で痛めたのではないか」。

一方の派遣元会社はどのような対応だったのか。担当者の口から出たのは信じがたい屁理屈だった。

「正直こっちも困ってる。君のせいでうちも泥を塗られた形。(労災ではないという)派遣先の判断に従えないなら、次の仕事を紹介するのは厳しい。(その場合は)寮を出ていってもらう。でも、もしこちらに全部任せてくれるなら、ちゃんと面倒は見るから」

要は、派遣元会社にとって大手自動車メーカー系列の派遣先会社は大切な取引先なので、労災なんて起こされたら困る、ということだ。派遣元会社が用意した寮で暮らしていたシュウゴさんにとって、退寮は即ホームレスになることを意味した。やむをえず、今後治療費は請求しないといった旨が書かれた示談書に署名。まさに泣き寝入りである。

その後、派遣元会社はたしかに別の職場を用意してくれた。しかし、腰痛のせいで仕事は休みがちに。結局1年たたないうちに雇い止めにされた。

「派遣先会社からは労働基準監督署に労災を申請したけど認められなかったと説明されましたが、今思うと、それも本当かどうかわかりません。労災は自分でも申請できるとか、個人でも入れるユニオンがあるとか、当時はそうした知識もありませんでした」

シュウゴさんは沖縄出身。農業で生計を立てていた実家は貧しく、シュウゴさんは小学生のときから新聞配達をして家計を支え、中学卒業後は建設現場などで働いた。ところが、両親はシュウゴさんの知らないところで、彼の名義で消費者金融やクレジットカードで借金。気がついたときには金額は600万円を超えていた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ガザ病院敷地内から数百人の遺体、国連当局者「恐怖を

ビジネス

中国スマホ販売、第1四半期はアップル19%減 20

ビジネス

英インフレ率目標の維持、労働市場の緩みが鍵=ハスケ

ワールド

ウクライナ、海外在住男性への領事サービス停止 徴兵
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親会社HYBEが監査、ミン・ヒジン代表の辞任を要求

  • 4

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 5

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ロシア、NATOとの大規模紛争に備えてフィンランド国…

  • 9

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中