最新記事

日本社会

「寮付き派遣」で働く27歳を待っていた地獄 ピンハネ、労災隠し、生活保護求めると無低に強制入居......

2021年3月22日(月)18時31分
藤田和恵(ジャーナリスト) *東洋経済オンラインからの転載

20歳を過ぎた頃、それらの借金をめぐり父親と刃傷沙汰寸前の争いになったときのことだ。父親は「親が子どもを使って何が悪いか!」と開き直ったという。この出来事をきっかけにシュウゴさんは家族と縁を切り、故郷を出ようと決めた。

身ひとつで、知らない土地で働くには寮付き派遣しかなかった。ただ当時のシュウゴさんは夢や期待のほうが大きかった。「学歴も、職歴もない自分に飛行機代も出してくれる、住まいも用意してくれる。入社祝い金やクオカードももらえる。寮付き派遣って、いいことずくめじゃないか」。

「寮付き派遣あるある」の実態

しかし、実際の派遣労働は期待外れの連続だった。沖縄を出る前は時給1600円と聞いていたのに、現地に着くと「今その仕事の空きはない。時給1250円の仕事ならある」と説明された。ただ、どちらの時給の仕事も業務内容は同じだという。

納得できなかったが、いまさら沖縄に戻るわけにもいかず、やむなく時給1250円で働いた。その後、何度か派遣先は変わったが、事前の約束より時給が下がることはあっても、上がることはなかった。

派遣元会社が用意する寮の家賃も割高だった。寮といっても、派遣元会社が借り上げた民間アパート。あるとき、築40年以上の木造アパートで毎月約8万円の寮費を引かれたことがある。高すぎると感じ、不動産会社に直接問い合わせたところ、実際には家賃5万円ほどの物件であることがわかったのだという。

シュウゴさんに言わせると、派遣元会社が相場より高い寮費を取るのは「寮付き派遣あるある」。残業の有無にもよるが、収入は手取りで月18万円ほどで、昇給もボーナスもない。揚げ句の果ての仕打ちが労災隠しである。

貧困ビジネスの餌食に

reuters__20210319173444.jpg

シュウゴさんが入居させられた無低の食事。具のないみそ汁に崩れた魚の切り身の日もあれば、レトルトパックがトレーにじかに置かれていることもあった。こうした粗末な朝夕飯と不衛生な居室で1カ月の利用料は8万円だったという(写真:シュウゴさん提供)

愛知の派遣会社を雇い止めにされたシュウゴさんは、その後どうなったのか。

シュウゴさんは別の寮付き派遣などの仕事を探して神奈川や群馬、埼玉を転々とした。そして昨年4月、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で雇い止めに。住む場所もなく、所持金も尽きたので、関東近郊のある自治体で生活保護を申請したところ、悪質な無料低額宿泊所(無低)に強制的に入居させられた。

無低では、劣悪な住環境にもかかわらず、入居費、食費として約8万円をピンハネされ、シュウゴさんの手元に残るのは毎月たったの1万円ほどだった。

しかも無低から最寄り駅までは歩いて1時間。就職活動のため駅まで歩き、そこから電車でさらに1時間以上かかる都心の面接会場に行き、汗だくになって帰ってきても、施設内で決められた入浴時間に間に合わないことがたびたびあった。風呂の時間に少しでも遅れると、罰として食事を抜かれたという。

この間、生活保護の担当ケースワーカーが無低まで面談に来ることは一度もなかった。代わりに電話でたびたび心ない言葉を浴びせられた。「若いのに生保に頼らなきゃいけないなんておかしいよ」「もっと働けるでしょう」「身内に頼れないのは、あなたにもやましいところがあるからじゃない?」。

こうした暮らしは、シュウゴさんが貧困問題などに関わる市民団体に助けを求めるまで4カ月間にわたって続いた。シュウゴさんは昨年夏、市民団体の助けを借りてアパートに転居。自己破産の手続きをして、今年1月には腰の手術も受けた。

いびつな関係がはびこる「労働者派遣」

それにしても。若者を低賃金で使い倒し、使えなくなったらゴミのように捨てる会社を放置し、最後のセーフティーネットであるはずの生活保護では、悪質無低の食い物にさせる――。この国の雇用政策と福祉行政は、いつからここまで狂ってしまったのか。

労働者派遣においては、派遣労働者と派遣元会社、派遣先会社は三角関係にある。1990年代以降、経済界の要望に押される形で労働者派遣の規制緩和が進んだが、それは3者の関係が対等であることが前提だったはずだ。

しかし、貧困問題の取材現場では、3者は対等どころか、「派遣先会社>派遣元会社>派遣労働者」といういびつな関係がはびこっていると痛感する。まさに当初懸念されていたとおり、立場の弱い労働者が中間搾取の対象になっているのだ。禁止されている事前面接や日雇い派遣、偽装請負も横行している。3者の適切な関係を維持できないなら、労働者派遣など即刻やめて、従来の直接雇用に戻すべきだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=ダウ436ドル安、CPIや銀行決算受

ビジネス

NY外為市場=ドル急伸し148円台後半、4月以来の

ビジネス

米金利変更急がず、関税の影響は限定的な可能性=ボス

ワールド

中印ブラジル「ロシアと取引継続なら大打撃」、NAT
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 5
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 9
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 10
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中