オフィスデザインに訪れた「第四の波」とは何か
働き方は再び変化する。したがってオフィスも変化する
ソーシャル・デモクラティック・オフィスは、建築物という「箱」の内部環境を心地よく、しかも働きやすいように整えていくことで実現します。人々は機能性と快適性を追究し、ランドスケーピングを追究し、空間設計、インテリアデザイン、家具、照明を洗練させてきた。目の前にあるモノを改善するという意味で、それはシンプルな企てでした。
しかし突然、グローバリゼーションにより、タイムゾーンの異なる世界の人々と仕事をするようになりました。オフィスには物理的に存在する人もあれば、デジタル的に存在する人もいます。地球の裏側にいる人と電話するには夜遅くまで待たなければなりません。全てのメンバーが同じ空間にいた時代のようには、ことがシンプルに運ばなくなりました。
ネットワークド・オフィスはそうした問題の解決策をもたらすものでもあります。コストをより良くコントロールし、スペースを最適化するチャンスを与えてくれます。社員の行動に応じてスペースを再構成する柔軟性の高いオフィスは、さまざまな価値をもたらしてくれるのです。
とはいえ、ネットワークド・オフィスがオフィスの最終形かといえば、そうではないでしょう。働き方は再び変化しますし、したがってオフィスも変化するはずです。人間の仕事は1000年続いていますが、現代のオフィスの歴史はわずか150年に過ぎません。家内制手工業の時代には人は自宅で働き、産業革命期は工場で働くようになりました。オフィスは時代の技術によって支配されるものであり、仕事の連続体の中のほんの一部でしかないのです。
都市から独立せず、都市と深く関係するフュージョンオフィス
いま我々は生活と仕事の関係を問い直す大事な局面に立たされています。どこでも仕事ができるということは、自分自身がオフィスであり、自分が仕事と一体化しているということです。企業は社員の全て、人間としての全てに目を向ける必要があることを認識すると同時に、多額のお金をかけてオフィスビルの中に街を再現する必要がないことに気づき始めました。すぐ外には都市があるのです。「社内に会議室を置かず、ボード・ミーティングを開く時はレストランの一部屋を借りればいい」「30人が1つのデスクを囲む必要があるのは月に一度程度なので、大きな部屋を作る意味がない」と考える企業が増えてきたのです。
この先にはネットワークド・オフィスの次の段階がやってくることでしょう。「フュージョンオフィス」あるいは「ミックス・オフィス」とでもいえばいいでしょうか。それは都市から独立したものではなく、都市と深く関係するものです。
その流れはすでに見え始めています。今の郊外の企業キャンパスは若いワーカーに不評です。彼らは店舗やレストランに近い市中心部にいたいのです。そういう声を受けて都市に戻ってくる大企業も見受けられます。知的生産性が求められる施設を郊外に築くという戦略は、今の時代にはそぐわないのです。
大手不動産開発会社の多くは、フュージョンオフィスを新しいビジネスのスキームとしてとらえています。イギリスでは ブリティッシュランド、オーストラリアでは ミルバックやレンドリースなどが取り組みを進めています。ニューヨークのハドソンヤード再開発プロジェクトでも、住宅、ホテル、小売店、オフィスを混在させて区域に新しい価値をもたらそうとしています。素晴らしいオフィスを作るだけでは不十分なのです。夕方や週末を楽しく過ごせるような、そこで働くことを誇りに思えるような、人が集まる仕掛けが求められています。
世界が足並みを揃えて一斉に変化するわけではない
ワークプレイスの進化をたどっていくと、「誰もが先駆者であり、誰もが変わっていき、誰もが変化と同じペースで変わっている」と考えがちです。 しかし実際には、日本でもイギリスでもアメリカでも、まだテーラリスト・オフィスがたくさんあると思います。
そうした企業は社員の快適さや健康維持にそれほど注意を払いません。ひたすら効率を追求します。それは古い経営モデルですが、生活と仕事の境界線をくっきりと維持できるので、例えば役所のようなオフィスには有効です。テーラリスト・オフィスはまだ存在し、それを好む人たちもいる、それはそれで何も問題ありません。
また、ソーシャル・デモクラティック・オフィスの会社も依然として多くあります。仕事は職場で行うという前提のオフィスですから、病気でも出勤しなくてはなりません。テーラリスト・オフィスよりは快適で設備も整っていますが、職場に来なければ仕事ができないという意味でネットワーク化されていません。そして、それも別に問題はありません。世界が足並みを揃えて一斉に変化するわけではないのです。
しかし、テーラリスト・オフィスとソーシャル・デモクラティック・オフィスのどちらも、空間的にもコスト的にも効率的に劣る面があることは明らかです。最先端を行く企業は実際にあり、グローバル展開する大手のオフィス開発会社はスマートビルディング技術の実用化に取り組んでいます。世界は徐々に変化している。その認識は持っておくべきでしょう。
WEB限定コンテンツ
(2017.1.27 ロンドンのヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインにて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Saori Katamoto
※インタビュー後編:「社員の生産性」より「より良い仕事体験」が主流に
* フレデリック・テイラー
アメリカの経営学者。
** ワークサイトでは、グラクソ・スミスクラインのアメリカ本社(フィラデルフィア)を取材している。こちらもソーシャル・デモクラティック・オフィスの一例といえそうだ。
「製薬業界の常識を超える透明性が結果重視のつながりを作る」
*** ハイブ(HIVE)はHall d'Innovation et Vitrine d'Energiesの略。シュナイダーエレクトリックはこのビルを、建物のオートメーションシステムとエネルギーに関する自社ソリューションのショーケースと位置付けている。
**** ワークサイトでは、グーグルのニューヨーク支社を取材している。
「自由と明確な目標が生産性を最大化する」
ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザイン(Helen Hamlyn Centre for Design)は、人間中心のデザインとイノベーションをテーマに、企業や団体とも連携しながら研究活動やデザイン提案を行っている。1999年1月、ヘレン・ハムリン財団の支援を受け、RCA(イギリス王立芸術大学院:Royal College of Art)内に創設された。
http://www.hhc.rca.ac.uk/
マイヤーソン氏の著作『New Demographics New Workspace: Office Design for the Changing Workforce』(Routledge刊/共著)。働き方の変化に応じたオフィスの変化を考察している。
ジェレミー・マイヤーソン(Jeremy Myerson)
ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザイン、RCA 特任教授。RCA(Royal College of Art)卒業後、デザインジャーナリスト、編集者として出版物『デザイン』『クリエイティブレビュー』『ワールド・アーキテクチャー』でジャーナリストや編集者として活躍。1986年に『デザインウィーク』を創刊し、初代編集長を務める。1999年にRCAでヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインの設立に携わり、2015年9月まで16年間指揮した。2015年10月にUnwiredと共に、未来を見据える世界的な知識ネットワーク「WORKTECH Academy」を設立。韓国、スイス、香港のデザイン機関の諮問委員会に参加。Wired誌の「英国で最も影響力のあるデジタルテクノロジー分野のリーダー100人」にも選出されている。