ロシアの脅威が生んだ電子大国エストニア
シリコンバレーの新興企業はインキュベーター(起業支援事業者)から初期資金を調達した後、ベンチャーキャピタルから何百万ドルもの投資を受けられるが、エストニアの起業家はクラウドファンディングや政府の助成金を頼りに事業を始める。彼らがアメリカとヨーロッパの大手ベンチャーキャピタルから資金を調達できるよう、政府系の起業支援機関が売り込みのノウハウを教えている。
世界繁栄指数を発表しているシンクタンク、レガトゥム研究所(本部ロンドン)のハリエット・モルトビーによると、起業のコスト、法の支配など、起業に有利な環境整備では、エストニアはイギリスにかなわないという。「それ以上にエストニア人の起業を妨げる最大の障害は人々の認識だ」と、モルトビーは指摘する。「昨年の調査によると、自分の国には起業に適した環境があると答えたイギリス人は70%だったが、エストニア人は51%だった。イギリスと並ぶヨーロッパの新興企業の中心地になるには、エストニアはまず自己イメージを変えるべきだ」
まだまだ課題はありそうだが、世界の先陣を切って行政サービスの電子化を進めてきたイルベス政権は、電子政府の特長を生かして世界中から起業家を募るという野心的な計画を進めている。エストニアを1度訪れただけで、電子IDカードを交付され、祖国に居ながらにして、エストニアで会社を設立し運営できる「電子住民」制度だ。政府は2025年までにバーチャル住民を1000万人に増やす計画で、希望者を募っている。
すでにエストニア政府の文書はすべて電子化され、外国の大使館のサーバーにバックアップが保存されている。「書類のない世界は想像しにくだろうが、エストニアではそれが当たり前だ」と、エストニア政府の最高情報責任者タービ・コトカは説明する。「確かに、電子化することで、サイバー攻撃の脅威は大きくなる。しかし、われわれが常に意識しているのは暴力的な隣人の脅威のほうだ」
たとえロシアに占領されても、電子政府が機能すれば、祖国を守れる――エストニアの先進的な取り組みは小国の賢い自衛策でもあるようだ。