東南アジアに迫るバブル崩壊説
楽観論もある。東南アジアの資産バブルが崩壊しそうだと言われるなかでも、まだ大規模な資本逃避は起きていない。ほかによい投資先もないからだ。「相対的には、東南アジアのほうがましに見える」と、アジア開発銀行のエコノミスト、ジャヤント・メノンは言う。
一部でささやかれ始めた97年のアジア通貨危機の再来について、メノンはあり得ないと言う。東南アジア各国は97年よりはるかに成熟しているし、自国通貨を買い支えるだけの外貨準備の蓄積もある。それでも、「不確実性はじわじわと高まっている」とメノンは言う。
最初は強気一辺倒だった外国人投資家も、今はリスクを認識している。「これは自己達成的な予言になりかねない」と、メノンは言う。もし今後大きな損失が待っていると外国人投資家が思えば、東南アジアから一斉に資金が流出する。東南アジアにとっても投資家にとっても大きな痛みが伴うだろう。
だとしても、東南アジアへの影響はさほど深刻なものにはならないだろう。資産バブル崩壊で傷を負うのは、バブルに踊った民間投資家自身だからだ。
欧米では、不動産バブルは返せる当てもない銀行からの借金で膨張した。だが東南アジアでの住宅市場や株式市場の過熱は主として自己資金によるものだ。バブルが崩壊しても、銀行、ひいては政府までが巻き込まれる心配はないという。
インドネシアの懸念材料
むしろ借金で心配なのは、家計のほうだ。過熱した市場を冷やそうと、中央銀行が金融引き締めに転じれば、金利は上がる。これまで金利の安い借金を積み上げてきた庶民が突然、高い利息に直面するリスクがある。
東南アジアの中で最も危ないとみられているのは、地域最大の経済であるインドネシアだ。インドネシアより厳しい状態にあると言えそうなのはベトナムぐらいだが、経済規模が小さいので地域への影響ははるかに小さい。「インドネシアは東南アジアで最も重要な経済だ」と、メノンは言う。「インドネシアに何かあれば、世界中の注目が集まる」
世界で一番有望な新興国の1つとして、インドネシアには巨額の投資資金と短期資金が流入してきた。だが昨秋からは貿易赤字に転落。主要な収入源である対中石炭輸出などが減ったせいだ。
貿易赤字でも、外国から資金が流入している間は対外的な支払いに窮することはないだろう。だが今は外国人投資家もインドネシアに関心を失いつつあり、賃金高騰で外資系企業の撤退も相次いでいる。
こうなると、政府は外貨準備を取り崩して赤字を埋めなければならない。インドネシア政府の現在の外貨準備は1000億ドルを超えるが、通貨ルピアを買い支えるために毎月20億〜30億ドルを費やしている。いずれ底を突くだろう。
マレーシアも似たような境遇だ。通貨が下落し資本逃避が懸念されている。だがインドネシアのほうが無防備だと、ビスワスは言う。インドネシアの株と債券の外国人保有比率は、東南アジアの中でも一番高いからだ。「資本流出が続けば、通貨ルピアの下落圧力になる」
ルピアは既に対ドルで1年前の9400から9995に下落している。中央銀行は先月半ば、政策金利を引き上げた。ルピア防衛の長い戦いの幕開けとなるかもしれない。一方、政府は先月下旬、国民に不人気の燃料統制価格引き上げを実施した。ガソリンなどの燃料価格を安く抑えるための補助金を減らして財政赤字を削減する。
これによってインドネシアの通貨下落と資本流出は一段落するかもしれない。ビスワスはインドネシアの将来性に楽観的だ。「急成長が期待される新興国群の仲間入りをするだろう」