最新記事

新興国

東南アジアに迫るバブル崩壊説

2013年8月9日(金)15時30分
トレファー・モス(ジャーナリスト)

 楽観論もある。東南アジアの資産バブルが崩壊しそうだと言われるなかでも、まだ大規模な資本逃避は起きていない。ほかによい投資先もないからだ。「相対的には、東南アジアのほうがましに見える」と、アジア開発銀行のエコノミスト、ジャヤント・メノンは言う。

 一部でささやかれ始めた97年のアジア通貨危機の再来について、メノンはあり得ないと言う。東南アジア各国は97年よりはるかに成熟しているし、自国通貨を買い支えるだけの外貨準備の蓄積もある。それでも、「不確実性はじわじわと高まっている」とメノンは言う。

 最初は強気一辺倒だった外国人投資家も、今はリスクを認識している。「これは自己達成的な予言になりかねない」と、メノンは言う。もし今後大きな損失が待っていると外国人投資家が思えば、東南アジアから一斉に資金が流出する。東南アジアにとっても投資家にとっても大きな痛みが伴うだろう。

 だとしても、東南アジアへの影響はさほど深刻なものにはならないだろう。資産バブル崩壊で傷を負うのは、バブルに踊った民間投資家自身だからだ。

 欧米では、不動産バブルは返せる当てもない銀行からの借金で膨張した。だが東南アジアでの住宅市場や株式市場の過熱は主として自己資金によるものだ。バブルが崩壊しても、銀行、ひいては政府までが巻き込まれる心配はないという。

インドネシアの懸念材料

 むしろ借金で心配なのは、家計のほうだ。過熱した市場を冷やそうと、中央銀行が金融引き締めに転じれば、金利は上がる。これまで金利の安い借金を積み上げてきた庶民が突然、高い利息に直面するリスクがある。

 東南アジアの中で最も危ないとみられているのは、地域最大の経済であるインドネシアだ。インドネシアより厳しい状態にあると言えそうなのはベトナムぐらいだが、経済規模が小さいので地域への影響ははるかに小さい。「インドネシアは東南アジアで最も重要な経済だ」と、メノンは言う。「インドネシアに何かあれば、世界中の注目が集まる」

 世界で一番有望な新興国の1つとして、インドネシアには巨額の投資資金と短期資金が流入してきた。だが昨秋からは貿易赤字に転落。主要な収入源である対中石炭輸出などが減ったせいだ。

 貿易赤字でも、外国から資金が流入している間は対外的な支払いに窮することはないだろう。だが今は外国人投資家もインドネシアに関心を失いつつあり、賃金高騰で外資系企業の撤退も相次いでいる。

 こうなると、政府は外貨準備を取り崩して赤字を埋めなければならない。インドネシア政府の現在の外貨準備は1000億ドルを超えるが、通貨ルピアを買い支えるために毎月20億〜30億ドルを費やしている。いずれ底を突くだろう。

 マレーシアも似たような境遇だ。通貨が下落し資本逃避が懸念されている。だがインドネシアのほうが無防備だと、ビスワスは言う。インドネシアの株と債券の外国人保有比率は、東南アジアの中でも一番高いからだ。「資本流出が続けば、通貨ルピアの下落圧力になる」

 ルピアは既に対ドルで1年前の9400から9995に下落している。中央銀行は先月半ば、政策金利を引き上げた。ルピア防衛の長い戦いの幕開けとなるかもしれない。一方、政府は先月下旬、国民に不人気の燃料統制価格引き上げを実施した。ガソリンなどの燃料価格を安く抑えるための補助金を減らして財政赤字を削減する。

 これによってインドネシアの通貨下落と資本流出は一段落するかもしれない。ビスワスはインドネシアの将来性に楽観的だ。「急成長が期待される新興国群の仲間入りをするだろう」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中