本質なきTPP論争の不毛
不毛な論争に対する第2の答えは、今日の世界情勢を考えればとりわけ重要だ。政治家は、自らの存在意義を疑われないよう「政治を行っている」ように見せ掛ける必要がある。
ベルギーがまさにそうだ。総選挙後500日以上たった今も政権合意ができずにいるが、それでも何の痛痒もないことが分かってしまった。政府がまともに機能している欧州の他の国は債務危機で崖っぷちに追い込まれているのに、政権不在のベルギーで国債が暴落しないのは実に皮肉だ。「政治家がいなければ悪政もない」と言われても仕方がない。
日本の政治エリートは数多くの難題を抱え、どれ一つとしてまともに対処できないできた。東日本大震災への対応は頼りなく、司令塔不在も明らかになった。復興債を発行してあらゆる資源を東北地方の再建に総動員する代わり、ごく少額の補正予算をめぐる対立で時間を浪費した。新たなエネルギー政策を出すわけでもなく、電力業界を再編するわけでもなく、まして東京から首都機能を分散させて将来の大災害に備えるというビジョンなどあるわけもない。
無為無策の行き着く先は
その間に、長年の懸案は明らかに深刻化の一途をたどっている。過去10年、歴代内閣は「デフレ脱却」を繰り返し公約したが、そのために必要な金融緩和政策は行われなかった。一方で欧米の中央銀行は大々的な金融緩和を行ってきたので、円はいや応なく高くなり、輸出競争力は近隣のアジア諸国に対して相対的に弱まった。
安全資産としてのスイスフランに資金が集中して通貨高になったとき、スイス政府は対ユーロの目標相場を宣言。それ以上になれば介入も辞さない姿勢を鮮明にした。だが日本政府は断固たる対抗措置を取る代わり、国内で雇用を創出する企業に対して補助金を支払うなどその場しのぎの政策に頼った。
もっとも、八方塞がりの苦境にあって手も足も出ないでいるのは日本の政治指導者ばかりではない。欧州は、首脳会議を繰り返すだけで拡大する一方の経済危機を一向に止められずにいる。バラク・オバマ米大統領も、過去数十年で最悪の失業と貧困にほとんど打つ手がない。来年の大統領選で対抗馬となる共和党の候補者たちのほうも同じく無為無策なのだけが幸運だった。
中国の指導層は、資産バブルとインフレと景気減速という相反する問題にどう対処するかというほとんど不可能な課題と格闘している。失敗すれば、社会不安が増大する。独裁体制の崩壊が続く中東でも、社会不安と核兵器絡みの軍事衝突リスクが高まっている。
世界の至る所で、かつては主役だった政治家たちが、吹き荒れる嵐を前に小さく無力に見えている。ポピュリズム(大衆迎合主義)や陰謀論が勢力を拡大するのも驚くには当たらない。アメリカではティーパーティーやウォール街占拠デモが巻き起こり、フランスやオランダ、デンマーク、フィンランドといった欧州各国では、右派の愛国主義政党が選挙で多くの支持を集めている。
日本のTPP論争で、アメリカ企業に病院が買収されるとか農業が破壊されるといった被害妄想がまかり通っているのも将来を暗示している。いま起きているのは、政治の崩壊だけではない。メディアを含めた社会全体の合理的思考や知性の崩壊だ。その責めを負うのは誰か。政治家だけではない。われわれ全員だ。
[2011年11月23日号掲載]