EUに忍び寄る旧ユーゴ型分裂の危機
ユーロ圏で高まる不協和音と、共和国間の経済格差が血みどろの内戦につながった旧ユーゴスラビア連邦の不気味な類似点
高まる軋轢 ギリシャでは自国の苦境をドイツのせいと考える人が増えている(6月15日、緊縮財政に反対するアテネの大規模デモ) Pascal Rossignol-Reuters
ユーロ圏は「ユーゴスラビア・シンドローム」に陥っている──。ユーゴスラビア連邦の一角をなすスロベニア共和国が1991年に連邦から独立する直前まで同共和国の経済相を務めていたエコノミストのジョゼ・メンシンガーはそう考えている。
「ドイツでは自分たちがギリシャ人に搾取されていると感じる人が増えており、ギリシャでは自分たちがドイツ人に搾取されていると信じる人が増えている」と、メンシンガーは言う。「経済が停滞しいた1980年代のユーゴスラビアでも、自分たちが苦しむのは連邦内の他の5つの共和国に搾取されたせいだという考え方が広がっていた」
その後の展開は周知の事実だ。政治的な不協和音、内戦、集団虐殺──。唯一の例外は、連邦からの独立と資本主義を勝ち取り、旧ユーゴ圏で初のユーロ加盟国となったスロベニアだ。
債務危機によって加盟国間の信頼と善意が崩れつつあるEU(欧州連合)には、スロベニアと残りの旧ユーゴ圏のどちらの運命が待ち受けているのだろうか。
民主国家の連合体であるEUと、共産主義の独裁国家だったユーゴスラビアを同列には扱えないが、メンシンガーに言わせれば類似点はある。ユーゴスラビア連邦政府の役割は、共和国間の小競り合いを仲裁することだった。
EUも民主主義が欠落しているからこそうまく機能している。ユーゴスラビアと同じく、EUが安定を維持しているのは「惰性、ルール無視、新規組織の乱立、口先だけの発言」のおかげであり、そうした要素が「EUの統合や拡大に重要な役割を担っている」と、メンシンガーは言う。
共通の利益に異を唱えるのはタブー
例えば、EUが国家債務に関するルールを遵守したなら、債務の多いイタリアとベルギーがユーロに加わることはありえなかった。市民の声を十分に尊重していたなら、EUのさらなる統合を推進するリスボン条約も存在しなかっただろう。2005年にフランスとオランダで国民投票が行われ、欧州憲法条約の批准が否決されたが、07年末にはそれと似たような内容の(ただし別の名を冠した)リスボン条約が締結された。
政治的タブーの面でも、EUとユーゴスラビアには共通点がある。「80年代のユーゴスラビアでは『兄弟愛と結束』や『社会主義国家ユーゴスラビア内の利益の同一性』と言ったスローガンに疑問をもつのは不謹慎と考えられていた」と、メンシンガーは言う。今のEUでも「ユーロや『ヨーロッパ内の利益の同一性』に疑問をいだくのは不謹慎だと思われているようだ」