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フランス

サッカーの英雄が仕掛ける銀行取り付け革命

2010年12月7日(火)17時22分
トレイシー・マクニコル

カタルシスを感じた人々

 銀行員らの労働組合は12月6日、預金引き出しを阻止するための公式声明を発表し、皆がカントナの指示に従えば、経済は崩壊し、多数の雇用が失われると警告した。

 例えば、労組「労働者の力」の声明はカントナの高給に言及している。「活動の狙いは素晴らしいが、トレーダーでない多くの行員や技術者のことも考えてほしい。彼らは有名サッカー選手のような高給取りではなく、家族の生活を支えるための仕事を必要としている」

 カントナの呼びかけは、ヨーロッパ一帯に波紋を広げている。英紙オブザーバーは、「馬鹿げた」計画だと一蹴し、スペインのエルパイス紙も、成功の見込みは「極めて低い」と指摘した。

 多くのメディアが、実際に7日に多額の預金が引き出される可能性は低いと予想している。一日の預金引き出し高には限度が設定されているし、支店に用意されている現金は小額だからだ。
 
 しかも、カントナやその支持者は、特定の銀行をターゲットにすると決めていない。つまり、大型の預金引き出しがあったとしても、多数の銀行に被害が分散されるため大した打撃にならない。そんなわけで、12月7日がヨーロッパの銀行システム崩壊の日となる可能性は低そうだ。

 それでも、カントナの呼びかけが引き起こした世論の盛り上がりは、我々にカタルシスを経験させてくれた。「人生は芸術を模倣する」といわれるが、今回の騒動はそのいい例かもしれない。

 09年のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールにノミネートされたケン・ローチ監督の傑作『エリックを探して』は、不遇の郵便局員エリックが主人公の物語。別れた妻に邪険にされ、思春期の息子は不良仲間とつるんでいる。カネはなく、仕事もうまくいかず、とうとう自殺未遂まで起こす。そこへ現れたのが、本人演じるスーパースターのエリック・カントナ。空想の世界で「親友」となったカントナは、エリックを励まし続け、エリックをついに元気を取り戻す。

 今回、カントナは映画と同じことをしたのだろう。金融システムの底辺にいる一般の預金者たちが最も力を必要としているタイミングで、彼らに自分の力を思い起こさせたのだ。

 深刻な不況が何年も続く中で、我々は皆、エリックを探していたのかもしれない。そして、彼は現れた。イワシ漁船を追いかけるカモメのように。

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