金融業界の高額報酬には道理がある
同じハーバード大学出身でも金融界に就職した卒業生が3倍の年収を稼ぐのは、能力でも詐欺でもなく金融業の収益構造が変わったせいだ
「銀行に責任税を」の声も 1月13日、金融危機調査委員会で金融危機の原因について証言したJPモルガン・チェースのジェームズ・ダイモンCEO Jason Reed-Reuters
ウォール街の人々はなぜ、これほど巨額の報酬を得られるのか。アメリカの失業率が10%に達するというのに、経済危機を引き起こした張本人たちは真っ先に立ち直り、桁外れの報酬を受け取っていることに、国民は当惑し、怒りを感じている。
ゴールドマン・サックスの昨年の推定年俸は平均60万ドル近く。JPモルガン・チェースの投資部門では40万ドル弱とされる。しかも、こうした平均値には表れない事実もある。下級スタッフの報酬はそれほど高くないため、トップトレーダーや経営陣のボーナスは数百万ドルに達するのだ。
ウォール街の幹部たちは他の人と比べて、それほど賢く、それほど勤勉なのだろうか。
本人たちも認めるように、そんなことはない。米議会が設立した金融危機調査委員会(FCIC)が1月13日に開いた公聴会で、大手金融機関の首脳陣は、自分たちの失策が金融危機の直接の引き金になったと認めた。
金融業界の幹部は優秀で勤勉かもしれないが、特別な才能があるわけではない。彼らが高額の報酬を得ているのは、彼ら自身の能力というよりも勤め先のおかげだ。ハーバード大学の卒業生の追跡調査を行った同大学のエコノミスト、ローレンス・カッツによれば、金融業界に就職した者は「成績と出身地、専攻が同じだった他の卒業生の3倍の収入を得ている」という。
ウォール街の業務に、ほかの高報酬の職業の3倍の価値があるとは思えない。世間がイメージするように、ウォール街は巨大なカジノに近い面もある。だが、資本を振り分けて(うまくいけば)経済を活性化させる役割を忘れてはいけない。
07年にはウォール街の金融機関のおかげで、企業は有価証券の売買によって2兆7000億ドルを手にした。だが1990年代のITバブルや一昨年来の経済危機の苦い記憶のように、投資に失敗することもある。失敗したときに失業率の上昇や投資損など多大な社会的コストが生じることを考えると、「ウォール街は常に桁外れの経済価値を創出しており、桁外れの報酬に値する」という考え方には疑問符が付く。
動かすカネが製造業とはケタ違い
ウォール街の報酬が高いのには、別の理由がありそうだ。大半の業種では、自分たちが作ったもの、もっと現実的にいえば雇用主が作ったものに基づいて対価が支払われる。
一方、ウォール街の報酬水準は国富(国内にある資産の総額)とリンクしている。投資銀行やヘッジファンド、非公開投資会社などの金融機関は、株や債券などの有価証券を自ら運用して利益を上げる。また、投資信託会社や年金基金、個人富裕層などに投資のアドバイスもしている。
GDP(国内総生産)と国富には大きなギャップがある。金融危機の前年の2007年のGDPはおよそ14兆ドルだが、その年のアメリカの家計資産(住宅や車、株、債券など)はGDPの5.5倍の77兆円だった。非金融資産(主に住宅)を除くと、GDPの3.5倍に当たる50兆ドル。金融資産から家計の負債分を差いても、GDPの2.5倍の35兆ドル相当の価値があった。
つまり金融業界は、勤勉で高い技能をもった生産者よりずっと巨額のカネを動かしているのだ。彼らが高給を得られる理由もそこにある。
GDPと国富に似た割合の増減があったとしても、生じる利益や損失の絶対額が大きく違う(国富の増減はGDPの5倍に相当する)。
高額の企業合併や相続対策、離婚や節税などに関わる弁護士も、資産の運用や保全状況にリンクして報酬が支払われるといううらやましい立場にある。司法関連情報サイト「アメリカン・ロイヤー・マガジン」によれば、上位25社の弁護士事務所に務めるパートナーの2008年の年俸は、平均130〜140万ドルだったという。