最新記事

医療

理想の医療保険制度はどの国にある?

2009年10月15日(木)15時04分
T・R・リード(ジャーナリスト)

先進国の3つのモデル

 そのほかの豊かな民主主義国はことごとく「医療を受ける権利」を国民に約束しているが、その保障の仕方は1つではない。

 イギリス、スペイン、イタリア、ニュージーランドといった国々では、医療の提供は、橋を造ったり火事を消したりするのと同じように、政府の仕事と位置付けられている。政府が病院を所有し医師を雇い、税金で医療費を負担する。アメリカ人が言う「医療の社会主義化」に比較的近いイメージかもしれない。

 一方、ドイツ、フランス、スイス、オランダ、日本などでは、大ざっぱに言えば、病院はおおむね民間で運営し、その費用を公的保険制度の枠組みで賄う。日本では、民間の病院の数がアメリカより多く、政府に雇われている医師の数はずっと少ない。これは「社会主義」とは明らかに違う。

 カナダや台湾、オーストラリアは、2つのモデルの混合型だ。思い切り単純化して言えば、「病院は民間で、医療費は税金で」というシステムである。

 1965年にリンドン・ジョンソン米大統領(当時)がメディケア(高齢者医療保険制度)を創設した際に手本にしたのは、カナダの制度だった。ただし、カナダではすべての人がこの制度の対象になるのに対し、アメリカのメディケア制度は高齢者と障害者しか対象にしていない。

 医療保険制度をめぐるアメリカの議論で反対派がしばしば訴えるのは、政府が医療提供の可否を判断する「患者の線引き」につながるという主張だ。しかし、この批判はある基本的な点を見落としている。それは、アメリカで既に患者の線引きが行われているという事実である。

社会の倫理観を映す鏡

 世界のどの国でも、医療の提供について何らかの線引きをしている。どんな制度を採用したところで、すべての医療の費用は賄えない。アメリカがほかの国と違うのは、その線引きがどのようになされるのかだ。

 アメリカ以外の豊かな民主主義国では、すべての人に保障される最低限の水準が定められている。だから、これらの国々では病院にかかれないことが理由で命を落とす人が極めて少ない。

 しかし、ありとあらゆる治療や薬品の費用を公的に賄うわけではない。ここで線引きが行われている。「すべての人を対象にしてはいるが、すべての(医療)を対象にしているわけではない」と、イギリスのジョン・リード元保健相は説明した。

 一方、アメリカでは、最先端の医療を思う存分受けられる人がいる半面で、(救急車で病院に運び込まれない限り)ごく基礎的な医療すら受けられない人もいる。

 これは、経済力を基準にした「患者の線引き」にほかならない。アメリカ人はそれを当然のことと考えるが、世界のほかの先進国の人々の目には道徳に反する状況と映っている。

「カナダ人は緊急性の低い医療は長く待たされてもいいと思っている。ただし、金持ちも貧しい人も同じ時間だけ待つのが条件だ」というカナダの医師会のデービーズの言葉は、この国の医療保険制度の土台を成す倫理観をよく表している。

 いまアメリカで問われているのは、どのような倫理観に基づいて医療保険制度を築くべきなのかという点だ。

[2009年9月23日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中