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ステルス巨大企業・華為の実力

2009年9月3日(木)16時17分
クレイグ・サイモンズ

グーグルも顔負けの本社と人材

 広東省東莞市は、今も欧米のブランド製品を組み立てる産業が大半を占める一大輸出拠点である。市の関係者は地元企業にブランド力がほとんど欠けていることを認め、巻き返しのため資金をつぎ込んでいる。研究開発センターを作ったり、従業員にマーケティングの訓練をしたり、商標登録する企業に出す補助金の出どころは、中国政府の586億ドルの景気対策だ。

 最終目標は、東莞で作られる製品の半分を中国ブランドとして販売できるようにすること。まずは国内市場を取り戻したいと、東莞市貿易経済合作局の蔡康(ツァイ・カン)副局長は言う。

 東莞などの企業は、よりステータスの高い深圳に拠点を置く華為を手本にしている。だが、華為もモデルとしては不完全だ。

 華為は90年代前半、もっぱら他社製品のコピーを生業としていたが、国内市場の爆発的成長とともに大きくなった。同社が電話関連機器の販売を始めた88年の国内の固定電話設置台数は約300万台程度だったが、今の中国には2億7100万台の固定電話と、6億4700万台の携帯電話がある。

 今ではグーグルも羨むような広大な本社を持ち、中国のトップクラスの学生をいくらでも採用できるだけでなく、国外の才能の獲得にも成功している。他社の物まねを脱するために設立した世界14カ国の研究所では、インド人プログラマーやロシア人数学者、エリクソンの元技術者が働いている。

B2Bに「デザインなど必要ない」

 03年には米ネットワーク機器大手シスコシステムズから、ルーターに使用するコードを模倣したと訴訟を起こされた。華為は該当製品の販売停止に追い込まれた。

 だがこうした努力は、確かに外国での販売増につながっている。08年の同社の契約は、金額ベースで4分の3が外国のものだった。最近では、アメリカでも初めて大きな契約を交わした。

 それでも、自社より有名な企業に製品を提供することで利益の大半を稼ぐ構図は変わらない。一番利益率が高いのは、消費者に自社ブランドを直接販売することだが、そこには至っていない。

 シリコンバレーの技術者は、嫌々ながらもマーケティングの力を認めるようになったが、華為は、技術者による技術者のための会社であり続けることを誇りにしている。マーケティングや宣伝の部門は非常に小さく、予算も欧米企業と比べれば微々たるものだ。

 華為のブランド戦略を担当するフォックスは、デザインへの投資は「ごくわずか」だと言う。同社の広報責任者、顔光前(イエン・コアンチェン)は、そんなものは必要ないと言う。「世界の通信業界で購買の意思決定権を持つ3000人から5000人」にさえ影響を与えられれば華為の目的は果たせるからだ。

 これら数千人の行動は、主にコストで決まる。北京にあるマーブリッジ・コンサルティングのマネジングディレクター、マーク・ナトキンは、新規市場への参入を果たそうとするとき、華為幹部は通常「30%から40%」の値引きをすると話す。

 他の中国企業も華為をまねれば成功できるかもしれない。だがそれは、いわゆる「B2B(企業間取引)」市場に限定されるだろう。

「後ろ盾は人民解放軍」疑惑

 もし華為が自らを消費者に売り込もうと望んだとしても、経営陣や株主がベールをかぶっているのでは成功の見込みは薄い。同社が公表しているCEOの経歴は一段落で終わり。任が共産党員だという事実も省かれている。

 華為は、従業員持ち株制度や監査法人が国際的名門KPMGであることなどを喧伝するが、アナリストや各国政府関係者、通信会社は同社の財務体質に疑問を持ち、中国政府が株主になっている可能性さえあると思っている。

 米シンクタンク、ランド研究所が07年に米空軍のために行った研究によれば、華為は「軍部との深いつながりを維持している」という。「軍は重要な顧客であると同時に政治的な後援者で、研究開発のパートナーでもある」。人民解放軍が後援者では、華為がもっとアップルのような発想になるよう後押ししてくれる望みは薄い。

 中国の大企業と政府とのつながりは、現在も顧客に警戒心を与えている。華為は昨年、米通信機器メーカー、スリーコムに対する22億ドルの共同買収提案を取り下げた。米議会で安全保障上の脅威だという声が上がったからだ。

 華為幹部は、中国政府が同社を通して他国の秘密データを盗むのではないかなどという非難はばかげていると言う。だが優秀なマーケティング担当者なら誰でも知っているとおり、印象は重要だ。

 数百人のエリートバイヤーとだけ付き合うのなら、直接疑惑を解くこともできるだろう。だが、もし世界の消費市場で有力なブランドを打ち立てたいと望むなら、華為とはまったく別の手本が必要だ。それは、有名になることに少なからず関心を持つ企業でなければならない。

[2009年8月 5日号掲載]

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